2018年9月28日金曜日

以下「宮崎正弘ブログ書評」より抜粋編集 田中英道『日本人を肯定する 近代保守の死』(勉誠

2018年9月27日 (木)

共産主義や地球主義というのは、一部の人たちが、自分たちだけの利益のためにその他大勢を犠牲にする考え方であった
ーー以下「takaakiブログ」より抜粋編集

「神の実体」を昔の人はどうやって感じていたのだろう?
本居宣長は古事記伝に次のように記している。

「凡(すべ)て迦微(かみ)とは古御典(いにしえのみふみ)等(ども)に見えたる天地の諸(もろもろ)の神たちを始めて」

「其を祀(まつ)れる社(やしろ)に坐(ま)す御霊(みたま)をも申し、又人はさらにも云(い)はず、鳥獣(とりけもの)木草のたぐひ海山など、其与(そのほか)何にまれ」

「尋常(よのつね)ならずすぐれたる徳(こと)のありて、可畏(かしこ)き物を迦微とは云(いふ)なり」

「すぐれたるとは、尊きこと、善きこと、功(いさお)しきことなどの、優れたるのみを云に非ず、悪(あし)きもの、奇(あや)しきものなども、よにすぐれて可畏(かしこ)きをば神と云なり」

迦(か)… 美しい声 
微(み)… かすか 非常に細かい

漢字にあてられた意味から探ると、とても興味深い結果がでた。
なんというか…「体感」なんだな、と。
実体がないのに、日本人はこうやって的確に表現していることに驚く。

ーー抜粋ここまで

ーー以下「宮崎正弘ブログ書評」より抜粋編集

田中英道『日本人を肯定する 近代保守の死』(勉誠出版)

日本土着の信心である神道は教典もなければ布教もしない。
これはユダヤ教とはまったく異なるものだ。
「初詣にいくこと自体が神道です」
「時間というものも自然の一部だからです」
と田中氏は言う。

ーー

新年に日本人は、初詣をして空気が変わるのを体感する。
日本人には季節感の節目を感じる感覚があるのだ。
ところが西洋では新年に花火をうちあげるが、日本人が感じているような季節の感覚はない。

ーー

「神社仏閣へ行くと、とてもすがすがしい気持になる」
「周囲の色彩が、洗われたような、透明感のある新しい雰囲気を持つというのは日本人には親しみのある感覚です」
本居宣長は『古事記伝』のなかで、その不思議を「迦微」(かみ)と比喩(ひゆ)した。
「明治以降、神道の『神』を西洋一神教の『神』と同じように使うようになったのが誤解の始まりです」

ーー

戦後はGHQが神道指令を出して神社を破壊し競馬場にしようと企てるなどアメリカの荒々しい仕業は、日本の神々をおこらせた。
誤解は最初の接触「ファースト・コンタクト」の時から幾重にも起きていた。

ーー

日本人が西洋人に最初に接触したのは1453年に種子島に漂着したポルトガル人だった。
そしてその後、十五世紀に日本にやってきた切支丹伴天連の宣教師らは絶対神を「大臼(デウス)」と書いた。
日本人は、それを大日如来の変形で仏教の新派と誤解したのだった。

ーー

信長も新興宗教の一種くらいにしか当初に認識はなかった。
キリスト教が布教を目的に多くの国々を侵略し、民を奴隷として売り飛ばし、其の国を一神教で支配しようと企図していることに気がつくのは秀吉の時代である。

ーー

さて本書の主題とすこし離れるが、じつは田中氏は、重要な事実を指摘している。
それはコロンブスがユダヤ人であったことを評者(宮崎)は知っていたが、ルイ・ソテロという日本にやってきた宣教師が改宗ユダヤ人だったことだ。
そのことを田中氏は調べ上げた。

ーー

ソテロは伊達政宗をおだてて支倉常長(はせくらつねなが)を日本国王代理として、スペインに送り出す仕掛け人(フィクサー)だった。
1613年、伊達政宗は遣欧使節を仙台の港から送り出し、支倉一行はスペイン国王、ローマ法王に拝謁している。
伊達政宗を「日本国王」と名乗らせたのはソテロの捏造である。

ーー

ソテロはイエズス会ではなくフランチェスコ派の宣教師で、当時スペインの植民地となっていたフィリピンから提督代理としてやって来た。
フィリピンはポルトガルではなくスペイン系のドミニコ教会派とフランシェスコ派がおさえ、ときにイエズス会と勢力争いを演じていた。
ソテロはすぐに日本語を覚え、江戸で伊達政宗の知遇を得た。
「(ソテロは)ひそかに彼を使って幕府転覆を計画したのです」
「むろんフィリピンからスペイン軍を引きいれることを考えた」

ーー

従来、伊達政宗がスペイン軍と組んで徳川幕府を転覆する計画があったとされたが、実際は逆だった。
日本が改宗ユダヤ人に操(あやつ)られるところだったのだ。

ーー

支倉使節団は伊達政宗が造った500トンのガレオン船でフィリピン、メキシコへ行き、船を乗り換えキューバ経由でスペインへ入った。
ソテロは伊達政宗を「日本国王」と偽った手紙をでっち上げ、金銀造船技術などの通商のみならず、宣教師の派遣要請を勝手に伊達政宗の手紙に書き加えた。
だが、ソテロの個人的な野望は、イエズス会の協力を得ることは出来なかった。
いやそればかりか、スペインはオランダとの戦争を始めており、伊達使節などにかまけている余裕はなかったのだ。

ーー

本書で田中氏は、日本の保守派が守ろうとしたものが何かを追求する。
そしてそれが、共産主義(キリスト教・ユダヤ教)や地球主義(グローバリズム)の対局にあるものであることを示す。
つまり共産主義や地球主義というのは、一部の人たちが、自分たちだけの利益のためにその他大勢を犠牲にする考え方であった。
日本の保守が守ろうとしたものは、「その真逆のものである日本の思想」ということになる。


田中氏は、一部の人たちが、自分たちだけの利益のためにその他大勢を犠牲にする考え方こそが、ユダヤ人の考え方であるとして、その思想の根源にせまる。

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