2019年10月16日水曜日

2019年10月15日 (火) 英米では、研究書も多数発行されて話題となっていた

2019年10月15日 (火)

英米では、研究書も多数発行されて話題となっていた
ーー以下「宮崎正弘ブログ書評」より抜粋編集

ジョン・アール・ヘインズ&ハーヴェイ・クレア著 中西輝政監訳
『ヴェノナ 解読されたソ連の暗号とスパイ活動』(扶桑社)

英米では、近代歴史学者にとってはソ連と近代史の関係を解明する手掛かりになる重要な資料とされ、研究書も多数発行されて話題となっていた。

ところが、日本の近代史研究者らによるブェノナ文書が出版されることはなかった。

というのも、ネット環境によって解明されたように、言論・メディアが在日・反日勢力によって支配されていたからだった。

歴史学学会もまた在日・反日勢力によって支配されており、彼らがソ連の悪事が日本人に知られることを歓迎しなかったからだった。

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このヴェノナ文書が日本人に広く知られるに至るのも、日本人がネット環境を手に入れてからのことだったのだ。

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ようやく待望のブェノナ文書の日本語訳がでたことになる。

米ソ冷戦時代の、ソ連による謀略・スパイ工作活動が、この機密文書の公開で明らかになった。

例えばべ平連活動家の小田実がソ連から資金を得ていたなどは、日本の共産主義者(リベラル)らにとっては、絶対に隠しておきたかったことだろう。

つまり、日本で共産主義(リベラル)活動をしている人たちは、ソ連あるいは北京や平城から指示されて活動していた可能性があるということだ。

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それゆえ日本の歴史学会を支配してきたリベラル学者はブェノナ文書の内容には触れようともしなかったのだ。

今回の日本語訳は、日本の近代史論壇に衝撃をもたらすはずだ。

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戦後のスパイ事件も数多いが、近年とくに注目を集めたのはレフチェンコ証言だった。

KGBの工作員だったレフチェンコが米国に亡命した。

その後彼は、米国議会公聴会で、日本での世論工作に従事し、ジャーナリスト、学者、文化人に工作した全容を証言した。

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彼は、日本人の「影響力のある代理人」「自覚のない代理人(エージェント)」たちの採用方法から、いかなる工作によって日本の世論をソ連寄りに誘導出来たかをとくとくと語った。

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当時はまだソ連の軍事的脅威が目の前にあった。

評者(宮崎)はすぐに翻訳し出版したが、注目され、よく売れロングセラーとなった。

関心が高かったのだ。

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ソ連崩壊後、ノモンハン事変を含む多くのソ連時代の機密文著が公開され、つぎつぎと史実が明らかとなった。

戦後の歴史論壇を壟断し、ソ連寄りの発言をしてきたリベラル学者やジャーナリストは真っ青になった。

この「ヴェノナ」と呼ばれる夥しい機密文書は、最近の「パナマ文著」や「パラダイス文書」とはまったく趣が異なる。

つまり国家の安全保障に直接的にかかわる機密の宝庫なのである。

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なにしろフランクリン・D・ルーズベルト政権がソ連の工作員らによって操られていたことまで分かるのだ。

しかも戦争中からはじまっていた解読作業を妨害し、中止命令をだしたのは大統領側近だったカリーだった。

カリー大統領補佐官はソ連の工作員(スパイ)だったのだ。

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原著者らは、この文書の発見までに重ねた苦労、そして機密にたどり着くまでの経緯をさらりと語る。

戦争中に暗号の解読作業は続けられていた。

当時、米国の諜報機関はドイツの「エニグマ」と日本軍の「パープル」の暗号解読を優先させており、ソ連の暗号解読はやや遅れ勝ちだった。

寧ろ英国の情報機関のほうが一歩先を走っていた。

あまりに衝撃的な内容を含むため、この機密文書を封印し、じつに1995年まで、アメリカでは公開されなかったのだ。

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暗号が複雑極まりない技術の粋ともいえるレベルだったのに比較して、一方でKGBのニックネームの付け方には安直、想像で解きやすいカバーネームが散見された。

「自分たちにとって憎い敵であるトロッキストやシオニストには、それぞれ『イタチ』と『ネズミ』といった強い軽蔑を示す」ものであった。

「FBIは百姓小屋、首都ワシントンはカルタゴ」などと「ソ連が暗号通信文でのカバーネームを選ぶ際にはしばしば安全を軽視したためにアメリカの防諜機関が有利になった」

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アメリカ共産党は、ソ連と密接な連絡網を構築し、新聞、ラジオに浸透していた。

『TIME』にもソ連の工作員がいた。

大記者(ジャーナリスト)の秘書もスパイだった。

ハリウッドにもスパイ工作が展開されていた。

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これらの活動も、実名と暗号名とが並記されており、いかに宣伝、情宣戦争にソ連が重点を置いていたかが分かる。

現在の支那共産党の暗躍ぶりも、日本のメディアへの浸透をみれば明らかだ。

しかし、日本にはスパイ防止法がないため、半ば公然と情報工作が行われている。

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著者らの地道な研究によって、本書はソ連スパイ研究の最大の文献となった。

それゆえに米国の自由主義者(共産主義者)が「偽造文書」だとか、陰謀とか言って、消し去ろうとしたのだった。

しかしヴェノナ文書に拠って、F・D・ルーズベルト政権の中枢におよそ200名のソ連工作員が陣取り、そのうちの百名の実名が判明した。

副次的な成果としては英国、豪、カナダに於けるソ連の代理人(エージェント)を特定できた。

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「カチンの森」でポーランド将校団1万4000名が処刑された。

ソ連はナチスがやったと主張したが、ヴェノナ文書から、スターリンの命令によるソ連軍の仕業であったことがわかった。

問題は、日本のリベラルを自称している共産主義者らにソ連がどのような指示を出し、戦後の日本社会を支配するに至ったかの経緯についてこの文書からどれだけ解明できるかである。

例えば日本共産党はなぜ自主憲法から護憲に変身したのか?

これらは日本の近代史研究家に課せられた大きな課題であろう。