2015年12月30日水曜日

400 日韓外相会談余波

 今般の慰安婦問題もその一つで、遅くとも3月までは韓国の動きを封じる必要があった。韓国国内の動きもそうであるが、米国やカナダにおける慰安婦像の問題や国連の人権委員会の動きが放置できないレベルになっていたからだ。

 記事に何の関係もない語句や事案が、「ところで」「さて」という形でさりげなく挿入されることがある。余命の場合はそれがキーワードであったり、メッセージの予告であったりする。

 突然、2016年のキーマンなんて氏名がならぶ。解説も何もない。その時に、たとえば藤木俊一、谷山雄二朗をググるかどうかで情報レベルが極端に変わる。二人をググると国連、人権委員会、米国、慰安婦問題とつながってくる。その数ブログあとに、これもさらりと、次期国連人権委員会の議長国は韓国となったと記述している。そこの関連をググると、世界歴史遺産の登録業務に関する委員構成とシステムが中韓になぐられていることがわかってくる。日本人委員は一人もおらず、過半数が中韓で占められている。

 南京虐殺は登録された。長崎軍艦島は徹底して妨害された。そして従軍慰安婦強制連行が登録されようとしている。個別の対応には限界があって、国レベルでの緊急の対策が必要となっていたのである。

 余命が常に言っているように、このような問題は枝葉末節は無視して根元から根幹を切り倒すしか解決の道はない。この関係の諸悪の根源は中韓、とくに慰安婦問題では韓国である。12月に入って余命がはじめて慰安婦問題に対するスタンスに言及した。この時点で、余命の読者は慰安婦問題に何か動きがあると感じたはずだ。

2015年12月29日火曜日

ダークネス

▼ バキュームカーのように金を吸い上げている存在

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社会は複雑になっているのではない。情報化し、流れが速くなり、ダイナミックな動きなので、今の社会の「構図」は複雑なものであると思いがちだが、そうではない。むしろ、極限的にまでシンプルになっている。

そもそも、誰が世の中に溢れる金を掃除機のように吸い取っているのかを見れば、世の中の「構図」はたちどころに見えてくるはずだ。

それは真面目に働く国民でも、国民から税を取り立てる政府でもない。今や日本人の4割は貯金がなく、政府は1000兆円をはるかに超える莫大な借金であえいでいる時代だ。

こうした現状は日本だけでない。ほとんどの国の国民は貯金を持たず、ほとんどの国の政府は借金にまみれている。国民にも政府にも金が回っていない。

金を根こそぎ吸い取っているのは、国民でも政府でもない。金をたらふく飲み込んでいるのは「企業」なのである。

特に、全世界に販売網を持ち、製品を供給できる体制を持つようになった巨大企業が、ひとり勝ちするようになっている。

彼らは政府をもしのぐ力があるので、議員を動かして税制を有利に変え、巧みに所得税を逃れ、国をまたいで資金を動かして脱税に走り、利益は吸い上げても税金を支払って還元することは考えない。

その一方で、合理化と効率化を徹底的に推し進めて、雇用を排除する技術革新で「労働の価値」を削減する。そうやって徹底的に利益を積み上げて、その利益は株主と経営者で山分けするのである。

つまり、巨大企業が世の中の金をバキュームカーのように吸い上げて、それを上層部で山分けするというのが現代社会の構図なのである。

実にシンプルではないか。

▼ 「労働の価値」が下げられ、「株式の価値」は極大化

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真面目に働けば豊かに暮らせるという資本主義の根幹は、どんどん利益を吸い上げてもそれを還元しない多国籍企業が世界を制するようになってから変質するようになった。

現在は多国籍企業は徹底した「ROE(株主資本)経営」を行っている。このROE経営の意味は「株主が投資した資金から得られる利益を極大化させる経営」というものである。

利益を極大化させるためには、税金の支払いを最小に、労働者の賃金の支払いも最小にすることが望ましい。

だから多国籍企業はそれを極限まで推し進めており、その結果として借金だらけの政府とワーキングプア層の拡大になっているわけだ。

現代の資本主義は、まさに「株式《至上》主義」になっており、巨大な多国籍企業の利益にアクセスできない人間が貧困化する時代になってしまったのだ。

株主であることで、どんどん資産が膨らむというマジックが株式《至上》主義では働いている。「労働の価値」が下げられ、「株式の価値」は極大化されているのだ。

それが現代の資本主義の正体である。

2015年12月28日月曜日

「飽きもせず反復できる人間が大成する」というのは、昔からよく知られている。飽きっぽい人間は、よほどの才能がない限り大成できないというのも昔からよく知られている。

「飽きもせず同じことを繰り返す」というのは、悪用すれば洗脳の手段にもなるが、正しく使えば自らの目的を実現する大きな力になる。

だから成功している人ほど、目的を達成するために常軌を逸しているとまわりから思われるほど「反復」する。

アスリートは必要なワザや型を会得するまで、何百回どころか何千回に至るまで同じ動きを「反復」して、寸分も狂いもなく同じ動きができるように心がける。

イラストレーターや漫画家は、必要な絵が描けるまで、やはり何百回も何千回も同じデッサンを「反復」して書き続ける。それが苦痛だと思うようであれば、そもそもその業界に向いていない。

歌手や演奏者も、同じ曲を一万回でも二万回でも「反復」して磨きをかけていく。たった数分の歌を聴衆の前に見せるために、彼らは何千時間を練習に費やしているのである。

そうやって長い時間をかけて「反復」され、磨かれた曲が人々の琴線に触れると、今度はその曲が10年、20年に渡って同じ歌手によって歌い続けられることになる。

熟練のワザに触れると、人々が感銘を受けてそれが反復されるのを望むのである。

「同じことばかりできる」というのは大成する素質があるということである。それは大きな才能だ。

逆に「同じことばかりしている」と他人を嘲笑うような人は、何も成し遂げられない人でもある。真実が何も分かっておらず、何も実現できない人でもある。

鳥越俊太郎氏もダマされていた

先週26日(土曜日)、大阪朝日放送の番組「正義のミカタ」に出た。大阪のニュース情報番組だが、東京とは違って、自由な面白さがある。そこで、「日本経済の諸悪の根源はZ」というコーナーをやった。Zとは財務省である。

その中で筆者が強調したのは「借金1000兆円のウソ」である。借金が1000兆円もあるので、増税しないと財政破綻になるという、ほとんどのマスコミが信じている財務省の言い分が正しくないと指摘したのだ。

借金1000兆円、国民一人当たりに直すと800万円になる。みなさん、こんな借金を自分の子や孫に背負わせていいのか。借金を返すためには増税が必要だ。……こんなセリフは誰でも聞いたことがあるだろう。財務省が1980年代の頃から、繰り返してきたものだ。

テレビ番組は時間も少ないので、簡単に話した。「借金1000兆円というが、政府内にある資産を考慮すれば500兆円。政府の関係会社も考慮して連結してみると200兆円になる。これは先進国と比較してもたいした数字ではない」

これに対して、番組内で、ゲストの鳥越俊太郎さんから、「資産といっても処分できないものばかりでしょう」と反論があった。それに対して、多くの資産は金融資産なので換金できる、といった。

筆者がこう言うのを財務省も知っているので、財務省は多くのテレビ関係者に対して、「資産は売れないものばかり」というレクをしている。鳥越さんも直接レクされたかがどうかは定かでないが、財務省の反論を言ってきたのには笑ってしまった。

番組が昼にかかり15分くらいの休憩があった。そのとき、鳥越さんから、「金融資産とは何ですか」と筆者に聞いてきた。「政策投資銀行(旧日本開発銀行)やUR都市機構(旧住都公団)などの特殊法人、独立行政法人に対する貸付金、出資金です」と答えた。それに対して「それらを回収したらどうなるの」とさらに聞かれたので、「民営化か廃止すれば回収ということになるが、それらへの天下りができなくなる」と答えた。

このやりとりを聞いていた他の出演者は、CM中のほうがためになる話が多いといっていた。実際に、番組中で言うつもりだったが、時間の都合でカットせざるを得なくなった部分だ。

借金1000兆円。これは二つの観点から間違っている。

バランスシートの左側を見てみれば…

第一に、バランスシートの右側の負債しか言っていない。今から20年近く前に、財政投融資のALM(資産負債管理)を行うために、国のバランスシートを作る必要があった。当時、主計局から余計なことをするなと言われながらも、私は財政投融資が抱えていた巨額の金利リスクを解消するために、国のバランスシートを初めて作った。

財政が危ういという、当時の大蔵省の主張はウソだったことはすぐにわかった。ただし、現役の大蔵官僚であったので、対外的に言うことはなかった。

筆者の作った国のバランスシートは、大蔵省だからか「お蔵入り」になったが、世界の趨勢から、その5年くらい後から試案として、10年くらい後から正式版として、財務省も公表せざるを得なくなった。今年3月に、2013年度版国の財務書類が公表されている(http://www.mof.go.jp/budget/report/public_finance_fact_sheet/fy2013/national/hy2013_gassan.pdf)。

その2013年度末の国のバランスシートを見ると、資産は総計653兆円。そのうち、現預金19兆円、有価証券129兆円、貸付金138兆円、出資66兆円、計352兆円が比較的換金可能な金融資産である。そのほかに、有形固定資産178兆円、運用寄託金105兆円、その他18兆円。

負債は1143兆円。その内訳は、公債856兆円、政府短期証券102兆円、借入金28兆円、これらがいわゆる国の借金で計976兆円。運用寄託金の見合い負債である公的年金預り金112兆円、その他45兆円。ネット国債(負債の総額から資産を引いた額。つまり、1143兆円−653兆円)は490兆円を占める。

先進国と比較して、日本政府のバランスシートの特徴を言えば、政府資産が巨額なことだ。政府資産額としては世界一である。政府資産の中身についても、比較的換金可能な金融資産の割合がきわめて大きいのが特徴的だ。

なお、貸付金や出資金の明細は、国の財務書類に詳しく記されているが、そこが各省の天下り先になっている。実は、財務省所管の貸付先は他省庁に比べて突出して多い。このため、財務省は各省庁の所管法人にも天下れるので、天下りの範囲は他省庁より広い。要するに、「カネを付けるから天下りもよろしく」ということだ。

財政再建は、実は完了している?

第二の問題点は、政府内の子会社を連結していないことだ。筆者がバランスシートを作成した当時から、単体ベースと連結ベースのものを作っていた。現在も、2013年度版連結財務書類として公表されている(http://www.mof.go.jp/budget/report/public_finance_fact_sheet/fy2013/national/hy2013_renketsu.pdf)。

それを見ると、ネット国債は451兆円となっている。単体ベースの490兆円よりは少なくなっている。

ただし、この連結ベースには大きな欠陥がある。日銀が含まれていないのだ。日銀への出資比率は5割を超え、様々な監督権限もあるので、まぎれもなく、日銀は政府の子会社である。

経済学でも、日銀と政府は「広い意味の政府」とまとめて一体のものとして分析している。これを統合政府というが、会計的な観点から言えば、日銀を連結対象としない理由はない。筆者は、日銀を連結対象から除いた理由は知らないが、連結対象として含めた場合のバランスシート作ることはできる。

2013年度末の日銀のバランスシートを見ると、資産は総計241兆円、そのうち国債が198兆円である。負債も241兆円で、そのうち発行銀行券87兆円、当座預金129兆円である。

そこで、日銀も含めた連結ベースでは、ネット国債は253兆円である(2014.3.31末)。

直近ではどうなるだろうか。直近の日銀の営業毎旬報告(https://www.boj.or.jp/statistics/boj/other/acmai/release/2015/ac151220.htm/)を見ると、資産として国債328兆円、負債として日銀券96兆円、当座預金248兆円となっている。

直近の政府のバランスシートがわからないので、正確にはいえないが、あえて概数でいえば、日銀も含めた連結ベースのネット国債は150〜200兆円程度であろう。そのまま行くと、近い将来には、ネット国債はゼロに近くなるだろう。それに加えて、市中の国債は少なく、資産の裏付けのあるものばかりになるので、ある意味で財政再建が完了したともいえるのだ。

ここで、「日銀券や当座預金も債務だ」という反論が出てくる。これはもちろん債務であるが、国債と違って無利子である。しかも償還期限もない。この点は国債と違って、広い意味の政府の負担を考える際に重要である。(後略)

無題

テストです

2015年12月21日月曜日

グレゴリオ暦と一致か 下呂市の金山巨石群

「ねずさんのひとりごと」より

http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2865.html

グレゴリオ暦と一致か 下呂市の金山巨石群

岐阜新聞 2015年12月12日 09:29

http://www.gifu-np.co.jp/news/kennai/20151212/201512120929_26303.shtml

岐阜県下呂市金山町岩瀬の県指定史跡で、縄文時代の天文台とみられている「金山巨石群」を調査している金山巨石群調査資料室は11日、現代と同じ太陽暦の「グレゴリオ暦」に基づいた観測ができる可能性が極めて高い、との調査結果を発表した。

 

金山巨石群は推定4500年以上前に造られたとされる。

高さ9~10メートルの岩が折り重なり、岩と岩の隙間から差し込む太陽光の位置や大きさなどから暦を読み取ったとされる。

同資料室によると、巨石群にある3カ所の遺跡のうち、岩屋岩蔭遺跡巨石群内部の特定の石の端に、4年周期で10月15日に長さ約10センチの光が当たることを観測。

さらに国立天文台が示す太陽高度のデータと照らし合わせた結果、128年周期で10月15日に観測できるはずの光が差し込まず、平年は光が当たらない2月26日に光が観測されることが分かった。

そのため縄文人は光の変化によって4年周期の閏(うるう)年、128年周期で訪れる約1日分の暦のずれを知っていたと考えられるという。

資料室代表の小林由来さん(67)=同市金山町金山=は、

「16世紀に欧州で導入された暦が、そのはるか昔の日本で観測・解明されていたとすれば驚くべきこと」と話している。

巨石群内からは差し込む光の形と同じ形状に加工された石、石棒なども見つかっている。

 

小林さんは「稲作をしていない縄文人がなぜここまで正確な暦を知ろうとしたのかは分からないが、変化の少ない時代背景が長期間の観測を可能にしたのではないか」と推察する。

【グレゴリオ暦】

現行の太陽暦として世界各国で用いられている暦法。1年の長さは365日と5時間48分46秒のため、4年に1度閏(うるう)年を加えていくと、128年周期で約1日分のずれが生じる。

そのため、グレゴリオ暦では400年の間に3回閏年を外すことで、時間のずれを修正している。

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すごい発見として報道されました。

けれど実は地元では、すでに古くから「ここは天体観測所」であったのだという言い伝えがあったのです。

「なぜなら、ここはかくかくしかじかで、このように使われていたのだから」とも言われていたのです。

そして実際、差し込む光の形と同じ形状に加工された石や石棒まで出土していたのです。

ですから、観測のために用いたというのは、間違いのないことであったろうし、外国からも研究者の方がやってきたりもしていました。

つまり、日本国内よりも海外でのほうが有名なほどであったのです。

それが国内では、いまになってようやく、地方紙の片隅で報道され、それがネット上でも報道されたということです。

4500年前といえば、山形県舟形町の西ノ前遺跡で発見された、高さ45cmの「縄文の女神像」よりも、200年位あとの時代です。

日本では、11万年前には石器が使われ、3万年前には加工した磨製石器(世界最古)が使われ、1万6500年前には世界最古の土器がつくられ、1万3000年前には、人の形をした土偶がつくられ、1万2500年前には、漆が栽培され、使われています。

気温からすれば、西日本が熱帯だった時期が終わり、急速に寒冷化が進んだ時代でもあります。

わずか1500年の間に、年間平均気温が4度も下がり、止まない大雨が降り続いた時期でもあります。

ノアの方舟伝説が生まれたのも、ちょうどこの頃と言われています。

急速な気象変動は、植物体系を大きく変えます。

自生する植物が熱帯性から寒帯性に変わるのです。

食べ物も変わらざるをえない。

なぜこのような変化が起きるのか、先々がどのようになるのか。

そのために陰暦だけでなく太陽暦も併用するなどして、生き残りのために必死になっていろいろな物事の研究すすめるのは、当時の政治にとって大きな役割であったろうと思います。

それにしても、これだけの巨石です。

しかも「128年周期で訪れる約1日分の暦のずれ」の確認ができるように工夫が凝らされているわけです。

いったいどうやって加工したのか。

そもそもこのように大きな巨石を、どこから運んできたのか。

どうやって配置したのか。

これだけの微細な精度を、どうやって確保したのか。

興味は尽きません。

そもそも日本は地震大国なのです。

巨石を配置し、積み上げ、削り、地震があっても観測精度が落ちないようにしてあるわけです。

ものすごい技術力だと思います。

謎は深まるばかりです。

さらにこの巨石群には、さまざまな彫り物があります。

それは天体観測のための印であったり、あるいは曲線を多用した不思議なカタチをしたりもしています。

かなり風化が進んでいますが、それでもある程度は肉眼でも確認できるものです。

それらは実は模様ではなくて、神代文字かもしれません。

そもそもこの岐阜県の飛騨の高山から下呂に至るあたりは、古代において、日本列島の西日本が熱帯であった頃、日本の中心地であったという説があります。

ここから天の鳥船が世界に向けて飛び立っていたという伝説も残されているくらいです。

地球全体の気温が高かった頃、北極と南極の氷が溶け、海水面がいまより5〜6メートル高かったのです。

西日本は熱帯で暑すぎるし、ですから飛騨の高山のような高地が、人類の生存にはもっとも適した安定した気候の土地だっったというのです。

これは地球の長気温変化云々が判明するよりもずっと古い時代からの言い伝えです。

そもそも古事記を諳んじた稗田阿礼(ひえだのあれ)の稗田は、もともとが「ひだ(飛騨)」という姓であったという説もあるくらいです。

つまり、飛騨が日本の中心地で、日本の統治者(うわかたさま(上方様))が飛騨におわした、という伝承があるわけで、そうであれば、この地に高度に発達した天体観測所があったとしても、不思議はないのかもしれません。

もし、この報道が、欧米や支那朝鮮のものであれば、おそらくニュースは世界中に波紋を投げかけることでしょう。

「考古学上の貴重な発見」としてきっと大々的に報道されていることと思います。

ところが日本では、ほとんど報道さえされません。

そういう控えめな姿勢が日本人らしくて「良い」という意見もあろうかと思います。

私も、大騒ぎして自慢したり、胸を張ったりするようなことではないと思います。

けれど大切なことは、ひとつの発見から、次々といろいろなカタチでの検証作業が行われ、冷静にその謎を解明していくことではないかと思います。

そういう地道な努力こそが日本らしさといえるものです。

ただ、いまの日本の歴史学会や考古学界は、日本文明はなかった、日本は7世紀まで、いわゆる原始時代のような状態にあり、半島から文明が伝わってようやく文明開化したのだという「前提」から、すべての物事をみようとしています。

そういうことを世界では学問とは呼びません。

それは政治です。

残された遺跡から、謙虚に真実を探しだす努力こそが学問の名に値するものです。

そういう意味で、こうした遺跡群の真実が、これからもっと解明されていくことを願ってやみません。

 

2015年12月16日水曜日

写真:グレゴリオ暦と一致か 下呂市の金山巨石群

岐阜新聞wev

http://www.gifu-np.co.jp/news/kennai/20151212/201512120929_26303.shtml

写真:グレゴリオ暦と一致か 下呂市の金山巨石群

 

金山巨石群で暦の観測に使われていたと推測される石と石棒=岐阜県下呂市金山町大船渡、市金山振興事務所

 岐阜県下呂市金山町岩瀬の県指定史跡で、縄文時代の天文台とみられている「金山巨石群」を調査している金山巨石群調査資料室は11日、現代と同じ太陽暦の「グレゴリオ暦」に基づいた観測ができる可能性が極めて高い、との調査結果を発表した。

 金山巨石群は推定4500年以上前に造られたとされる。高さ9~10メートルの岩が折り重なり、岩と岩の隙間から差し込む太陽光の位置や大きさなどから暦を読み取ったとされる。

 同資料室によると、巨石群にある3カ所の遺跡のうち、岩屋岩蔭遺跡巨石群内部の特定の石の端に、4年周期で10月15日に長さ約10センチの光が当たることを観測。さらに、国立天文台が示す太陽高度のデータと照らし合わせた結果、128年周期で10月15日に観測できるはずの光が差し込まず、平年は光が当たらない2月26日に光が観測されることが分かった。

 そのため、縄文人は光の変化によって4年周期の閏(うるう)年、128年周期で訪れる約1日分の暦のずれを知っていたと考えられるという。資料室代表の小林由来さん(67)=同市金山町金山=は「16世紀に欧州で導入された暦がそのはるか昔の日本で観測、解明されていたとすれば驚くべきこと」と話している。

 巨石群内からは差し込む光の形と同じ形状に加工された石、石棒なども見つかっている。小林さんは「稲作をしていない縄文人がなぜここまで正確な暦を知ろうとしたのかは分からないが、変化の少ない時代背景が長期間の観測を可能にしたのではないか」と推察する。

【グレゴリオ暦】 現行の太陽暦として世界各国で用いられている暦法。1年の長さは365日と5時間48分46秒のため、4年に1度閏(うるう)年を加えていくと、128年周期で約1日分のずれが生じる。そのため、グレゴリオ暦では400年の間に3回閏年を外すことで、時間のずれを修正している。

2015年12月15日火曜日

鎮魂法の驚くべき効果

「きのせみかの大和撫子な生活」より

http://kinosemika.blog134.fc2.com/

鎮魂法の驚くべき効果

 

 日本にいると感じにくいかもしれませんが、人種差別は世界中でいまだに深刻。文化や歴史とのつながりもあるだけに解決が難しい問題ですが、いま、ある意外な方法が注目されています。

 それは「瞑想」。仏教の「慈愛」についての瞑想が、人種差別の意識を低下させる効果があるのだそうです。最新の研究からわかった意外な事実をご紹介します。

■仏教の「慈愛」の精神が人種差別をなくす

 たった7分間の瞑想で、人種差別がなくなることが最新の研究で判明しました。専門家によると、仏教的な瞑想は思いやりの気持ちを高め、人種に対する差別や偏見の気持ちを鎮める作用があるのだとか。

 イギリスのサセックス大学で行われた実験から、仏教の「慈愛」の精神が、自己や他者への肯定的な気持ちを高めることがわかったのです。

■瞑想はリラックスするためのものではない

 実験は、71人の成人した白人の男女を対象に行われました。参加者を2つのグループに分け、1人1人に自分と同性の黒人の写真を1枚ずつ配ります。

 1つのグループでは瞑想について説明する音声が流されました。目をつむり、特定の人のことを考えて、心のなかで「あなたが幸せで健康でありますように」と唱えるというものです。

 もう1つのグループでは、写真の顔をよく観察して特長を探すように指示されました。どちらも与えられた時間は7分間です。

 その後、参加者は白人と黒人の人物の写真に、「幸せ」などのポジティブな言葉や「悪い」などのネガティブな言葉をそれぞれあてはめるように指示されました。すると、写真を見ながら瞑想したグループのほうが、明らかに人種差別の度合いが低かったのです。

 調査を行った専門家は、瞑想はただ自分がリラックスするためだけに行うのではないと語っています。

 人間には本来、自分の人種のほうが好ましいと感じてしまう性質があります。これが「慈愛」の精神によって変えられるのではないかと期待されているのです。瞑想は今後、さまざまな人種の人が共生する社会で、必要不可欠になる可能性すらあるのです。

 瞑想が現代社会に生かされて、幸せに生きられる人が増えるといいですね。

たった7分で人種差別がなくなる?瞑想の驚くべき効果が明らかに(ネタりか)

http://netallica.yahoo.co.jp/news/20151206-18333840-suzie

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 日本の古神道にも「鎮魂(みたましずめ)」という神法道術が存在しますが、上記の「瞑想」はその一端を演じたものでしょう。

 『令義解』(833年に淳和天皇の命によって編纂された書物)に鎮魂の義を説いて、「謂はく、鎮めとは安んずるなり。人の陽気を魂と曰ふ。魂は運なり。離遊の運魂を招きて身体の中府に鎮む。故に鎮魂と曰ふ」とありますが、鎮魂法を修することにより、慈愛の精神を呼び覚ますだけでなく、魂魄の清浄を保ち、心身共に健康で気力がみなぎった強運の人となり、終には神仙の道を得るに至るとされています。

 神典には、物部氏の祖神・饒速日尊が皇祖天神より天璽十種(あまつみしるしとくさ)の瑞宝(みづだから)と共に鎮魂法を授かり、常にこの法を修せられて長生久視の道を得給い、永く地界に留まって皇業輔翼の大任を全うされ、終には仙去されたことが伝えられています。

ジョン・レノンのイマジンと日本

「ねずさんの独り言」より

http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-1936.html

ジョン・レノンのイマジン(Imagine / John lennon)という曲をご存知でしょうか。

世界的大ヒットを記録した曲です。

もし、知らないという方がおいででしたら、下に動画を貼っておきますので、是非お聴きになってみてください。

とても良い曲です。

この曲を歌ったジョン・レノンは、英国のビートルズのメンバーで、ボーカル・ギターを担当した人です。

彼は、日本人のオノ・ヨーコと結婚しました。

それでお名前をジョン・ウィンストン・小野・レノンと改名しています。

自分の名前に「小野」と入れたわけです。

それだけ日本びいきの人でした。

日本には、非公式によく来日しました。

そしてオノ・ヨーコの親戚らと食事をしに行ったり、神社めぐりなどをして、日本の文化にたいへんよく親しみました。

下の写真は、ジョン・レノンがオノ・ヨーコさんと一緒に、靖国神社を参拝したときのものです。

 

その彼が、日本という文化に触れ、日本の神道を知ったとき、その衝撃から書いた曲が、実は「イマジン(Imagine)」です。

 

 

「イマジン(Imagine)」は古い曲ですが、あらためて歌詞の日本語訳を読んでみると、若い頃には気付かなかった、そこに明快なメッセージがあります。

なんと日本神道の思考、日本人的思考が、その歌詞の根幹になっているのです。

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イマジン(Imagine)

Imagine there's no Heaven

(想像してごらん 天国なんてないよ)

It's easy if you try

(簡単だよ。やってごらんよ)

No Hell below us

(地面の下に地獄なんてないよ)

Above us only sky

(ボクたちの上には、ただ空があるだけさ)

Imagine all the people

(みんなもさ、想像してごらんよ)

Living for today...

(ただ今を生きているんだって..)

Imagine there's no countries

(想像してごらん 国なんてないって)

It isn't hard to do

(そんなに難しいことじゃないよ)

Nothing to kill or die for

(殺す理由も、死ぬ理由もない)

And no religion too

(そして宗教もない)

Imagine all the people

(みんなもさ、想像してごらんよ)

Living life in peace

(ただ平和に生きているって...)

You may say I'm a dreamer

(ボクのことを夢想家って思うかな)

But I'm not the only one

(でもボクは一人じゃない)

I hope someday you'll join us

(君だっていつかみんなと仲間になって)

And the world will be as one

(きっと世界はひとつになるんだ)

Imagine no possessions

(想像してごらん 何も所有しないって)

I wonder if you can

(君ならきっと出来るよ)

No need for greed or hunger

(欲張ったり飢えることもない)

A brotherhood of man

(人はみんな兄弟なんだって)

Imagine all the people

(想像してごらんよ みんなが)

Sharing all the world

(世界を分かち合うんだって...)

You may say I'm a dreamer

(ボクのことを夢想家って思うかな)

But I'm not the only one

(でもボクは一人じゃない)

I hope someday you'll join us

(君だっていつかみんなと仲間になって)

And the world will be as one

(きっと世界はひとつになるんだ)

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夏目漱石は、小説「草枕」の中で次の名分を残しました。

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人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。

矢張り向う三軒両隣りにちらちらする唯の人である。

唯の人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。

あれば人でなしの国へ行くばかりだ。

人でなしの国は人の世よりも猶住みにくかろう。

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天国も地獄もない。

あるのは、いまを生きている私たちだけ。

思想や哲学や宗教が大事なんじゃなくて人が大事。

偉い人が金持ちというのではなくて、みんなが豊かに暮らすことが大事。

誰かひとりが欲張るんじゃなくて、みんなが分かち合える社会。

みんなが兄弟となれる社会。

イマジンが歌っている歌詞は、そんな社会を夢想しています。

そして、このいずれもが、西欧社会には、なかったものです。

ご存知の通り、西欧社会の根底をなすのは、キリスト教哲学です。

そこには人の世の他に、天国と地獄の存在が明確にうたわれ、

宗教や哲学、思想のために多くの人が殺されました。

そして富は権力者が独占し、民衆は貧しいままに据え置かれる。

そういう現実を前に、日本を知ったジョンレノンは、衝撃を受けるわけです。

宗教や思想にかぶれるのではなく、人々が協力しあうことをたいせつにする社会。

思想のために人を殺す社会じゃなくて、なにより人をたいせつにする社会。

欲張りのお金持ちがすべてを牛じるのではなくて、老いも若きも金持ちも貧乏人も、みんなが協力しあうことで、なによりも、みんなが食べていくことを大切にする社会。

それがかつての日本社会の姿です。

昨今の日本は、西欧文化の影響を受けて、だいぶ、こうした姿が崩れました。

けれど、江戸時代の日本は、まさに、こういう姿そのものでした。

宗教についていえば、日本でも浄土宗のように、極楽や地獄をうたっている宗派もあるじゃないかという人がいるかもしれません。

けれどそれは、そういう場所が死後の世界にある、というくらいのものであって、そこが本来の住みかであるとまでは説きません。

このあたり、西洋の中世にあった宗教観は、かなり徹底したものです。

そこを理解しないと、ちょっと間違えやすい。

たとえば、肉体というものは、様々な欲望(性欲や食欲、排泄欲)などを持っていて穢れたものだから、そんな穢れた肉体を洗ったりしたらいけない。だからたとえばスペインのイザベラ女王は、生涯に三度しか入浴しなかったことが、信仰の証として自慢でした。

すくなくとも日本では、極楽にいるのが自分の本来の姿だから、風呂には一切入りませんなどという人は、修行僧の中にもいません。

そんなことをするのは、最近のホームレスくらいなものです。

なぜなら昔、ホームレスが乞食と呼ばれた時代は、全国どこの川でも入って行水できたからです。

日本の乞食が臭くなったのは、戦後、川が汚れて泳げなくなってからのことです。

支配層よりも、被支配層の方が豊かだったというのも、日本社会の特徴です。

早い話が、歌舞伎の舞台は、世界で一番豪華絢爛だと言われますが、その歌舞伎は、町人文化です。

おもしろいことに、そこで描かれている演題の多くも、町人たちです。

これに対し、西欧の演劇や支那の京劇などは、すべて王侯貴族のための文化です。

従って、描かれている演題も、ことごとく貴族が題材になっています。

中世までの西欧文化で、庶民が題材になったものは、ほとんどありません。

江戸日本にも、身分制はありました。

士農工商です。

その下に、穢多、非人というものもありました。

ただし、間違っていは行けないのは、まず第一に「士農工商」という名前は、支那からの輸入語だということです。

秩序保持のために便利だから使っていただけで、日本における「士農工商」は、支那の身分制度や、カーストのような固定的身分制度とはまるで異なります。

そもそも武家で家督を相続するのは、その時点で生き残った長子ひとりだけです。

武家は、後継ぎがいないと、家が断絶しますから、子はたくさんつくります。

けれど、兄弟のなかでひとりの相続人が決まれば、のこりは、家から出なければなりません。

では、家督を継がない次男坊、三男坊などがどうしたかというと、所領に帰って庄屋さんから土地を借りて、そこで百姓するケースがほとんどでした。

特別剣術ができるとか、学問ができれば、町道場主や私塾の先生になるケースもありましたが、そんなことができるのは、ごく一部です。

あとはみんな百姓になった。

こうなるとおもしろいことがおこります。

武家は、領地を支配する人、庄屋さんは、その領主に年貢を納める人、つまり、武家と庄屋さんは支配階級と、被支配階級の関係にありますが、ところが、その庄屋さんが使っているお百姓さんたちは、武家の息子さんたちなのです。

極端な言い方をすれば、被支配層が、支配者の王子たちを人質にとっているわけです。

そして、領主様が早世すると、庄屋さんのもとにいる王子様が、領主になることだってあるのです。

はたしてこういう関係の中で、領主様は庄屋さんやお百姓さんたちに、支配者だからと酷い仕打ちができるでしょうか。

庄屋さんは、預かっている王子様をいじめれるでしょうか。

このような不思議な統治形態があるのは、世界中さがしても、日本くらいなものです。

また、身分も固定されていたわけではありません。

有名な勝海舟にしても、坂本龍馬にしても、勝家はもともと盲人の按摩(あんま)師でしたし、坂本家は商人です。ともに武家の株を買って士分になっています。

近藤勇、土方歳三、沖田総司などは、お百姓さんの家柄ですが、堂々と二本差しです。

そして江戸社会における士農工商は、それ自体が、貧乏の順番です。

さかさまにすると、お金持ちの順番になります。

商人=お金持ち

工人=宵こしの銭を持たなくても大丈夫なくらい稼ぎがある人たち

農民=お金はないが、食べ物はいっぱい持っている人たち。

武士=借金まみれ

です。

ここまで書いたので、穢多(えた)、非人(ひにん)についても触れておきます。

穢多というのは、穢れが多い人と書きますが、もともとは、中央を追われた物部氏の子孫だといわれています。

平家の落人のようになって、全国の山中などに隠れ住んだのですが、そのために物部(もののべ)がなまって、物の怪(もののけ)になったのだそうで、縄文以来の日本の伝統的食生活を維持したが故に、仏教に染まって生き物を食べることを穢れた行為と考える人たちによって、穢多と呼ばれるようになったという説もあります。(渡来人説その他多数あり)。

彼らは江戸時代には、主にいまでいったら保健所の仕事となっている野良犬狩りや、墓掘り人夫などをしていました。

ところがこれが実は、特権階級になっていたのです。

たとえば墓堀りは、穢多にしか認められていない行為でした。

ところが、どんなお金持ちでも、高位高官でも、いつかは必ず死にます。

死ねば埋葬が必要で、そうなると、制度上、どうしても穢多のお世話にならなくちゃいけない。

このとき料金は言い値です。

相場はありましたが、特に生前、穢多の人々をいじめたとか、いろいろ悶着があったりすると、これをなだめるため、相当高額な謝礼を包まなきゃいけない場合もあったようです。

要するにへそを曲げられたら、アウトというわけです。

人は、必ず死ぬわけで、ですから絶対に職にあぶれることもなく、しかもその仕事は幕府によって独占権を与えられていて、代金は言い値でつけることができたわけです。

ですから彼らは、豪商以上にお金持ちでした。

ただし、制度上、贅沢な家を建てたり、贅沢な衣装を着たりすることは禁じられていました。

ですから、家屋も着ているものもみすぼらしいし、いろいろなしきたりには縛られていたけれど、経済的には、たいへん豊かだったわけです。

穢多の人々が、同和問題などの社会問題になったのは、明治になってからのことです。

なぜなったのかといえば、明治新政府が士農工商の身分制度を取りやめにしたからです。

動物の処分業も、墓掘り人夫も、占有権をとっぱらって、身分の制限なく、誰でもできるようにしてしまったわけです。

このために、穢多の人々は、大事な稼ぎの手段を失ってしまいました。

だから行政によって別な方法で保護せよとずっと訴え続けて、現在に至っているわけです。

非人は、すこし違っていて、これは重大犯罪を犯して、おでこ(=)額に「悪」と入れ墨を施されたような人たちです。

伝馬町の牢屋の中でも、さらに悪質な重大犯たちで、この人たちは、「ひとでなし」の悪行をしてきた人たちなので、人でない人=非人と呼ばれました。

ただし、では実際に非人がどれだけいたかというと、たとえば江戸時代、享保年間の20年、伝馬町の牢屋に入った人自体がゼロです。誰もいない。

また、非人という身分に落ちるなら、まだ遠島か、死罪にしてもらいたいと考えるのが、普通で、奉行所も、非人処置をする(額に墨を入れる)ということは、江戸270年を通じて例がありません。

要は、そうするぞ、という脅しでしかなかったわけだし、そういう罰があるぞ、というだけで、江戸の庶民は、悪いことをしなかった・・・それだけ民度が高かったわけです。

話が脱線しましたが、士農工商は、身分制度ではあっても、カースト制のような熾烈なものではなく、きわめてゆるやかなものであったということ、また士農工商の身分は、そのまま貧乏順でもあったことなどをご理解いただければと思います。

そして日本でも、一部仏教などでは、欣求浄土など、天国を希求する宗派もありますが、基本的に日本人の思考は、多神教そのものです。

つまり「イワシの頭も信心から」です。

これが何を意味しているかと言うと、またこんど詳しく書きますが、要は、日本は多神教の国である、ということです。

実は、これはすごいことで、世界中、大昔の宗教は、全部、多神教です。

ギリシャのアポロンの神々、ヒンズーの神々、ケルトの神々、全部、神様はひとりじゃなくて、たくさんおいでになります。

ところが、一神教があらわれて、こうした多数の神々は邪神とされてしまいました。

その結果、いま、世界の先進国の中で、多神教となっている国は、なんと日本だけなのです。

多神教と一神教は、何が違うかといえば、多神教は、異なる神を認める。つまり多様な価値観を容認するということです。

これに対し一神教は、ひとつの価値観しか認めない。

この「認めない」というのは徹底していて、ですから西洋では、キリスト教の信者以外は、かつては人間とさえ認められませんでした。

これに対し日本は、仏教の仏様も、キリスト教のイエス様も、イスラムのアラーの神も、神道の神々も、みんなありです。

神様は、その神様毎に、さまざまな価値観をもっているわけで、ですから日本は、多様な価値観を、まるごと容認できる国になっています。

世界の宗教対立が、戦争の引き金にさえなる世界の中にあって、これから先、日本のもつこうした多様な価値観を包含できる多神教的姿勢というのは、世界を変えうる大きな力となるのではないかと思えます。

最近の日本は、こうした権力と経済力の切り離しや、多神教的な考え方がくずれてきたともいわれます。

けれど実際には、それは一部のマスコミに巣食う在日朝鮮人が、朝鮮人マインドを、メディアでゴリ押ししているだけにすぎません。

多くの日本人は、お金も大事だけれど、それ以上に、心を大切に思っています。

以前の記事の「征服の日本的意味」に書きましたが、世界中が都市国家どうしの戦乱に明け暮れた時代に、みんなが食えるようにと、村々で力を合わせて土木工事を行い、新田を切り拓いてきたのが日本人です。

下の写真は、近所の農地を撮った写真です。

周囲に雑木林があり、写真の中央には、見事な田んぼが、そして中央に水路が築かれています。

平野といっても、この写真の雑木林のところをみれば、すこし地面がこんもりと盛り上がっているのが見て取れようかと思います。

一方、水田は、水を引きますから、真っ平らでなければなりません。

かつて、雑木林だったこの土地に、これだけの田んぼを切り拓くためには、木を伐り、でこぼこの土地を平に慣らし、水路をひき、灌漑できるように、水門などの施設をつくらなきゃならなかったのです。

そしてそれだけの事業を、みんなで力を合わせてすることで、そこが青々とした広大な水田となり、みんなが(よそから奪ったり、殺し合ったりしなくても)腹一杯、飯が食えるようになったのです。

古代大和朝廷は、国内121カ国、朝鮮半島95カ国を征圧したと、支那の史書に記されていますが、要するに支那人マインドでは、それは「征服」にしかみえない。

実際には、みんなで力を合わせて公共工事をしてきたというのが、日本の歴史です。

もっといえば、武士も、もともとは古代律令体制の外に新田を切り拓いた開拓民たちです。

憲法九条のために日本があるわけではありません。

平和憲法のために日本があるわけでもない。

日本は、日本人のためにあります。

神々の存在を、私は信じたいと思います。

けれど、これだけはいえるけれど、まっとうな神々なら、人が人を殺しあったり、残酷なことをしたり、弱い者いじめをしたり、金にものをいわせて、人を嵌めたり、そういう世界は、絶対に希望していないと思うのです。

なぜ人が人を殺しあうのか。

すくなくとも、戦争や略奪ということを前提にしたとき、その理由は、飢えと思想と宗教の3つに集約されます。

であれば、飢えをなくし、ひとつの思想や宗教にこだわるのではなく、多様な価値観を吸収しながら、みんなで協力しあってみんなが食える社会を築いてきた日本の歴史こそ、これからの世界にもっとも必要かつ大切な構造といえるのではないかと思うのです。

 

2015年12月9日水曜日

日本は、ほんとうに底の深い国であると思います

ーー以下「ねずブログ」より抜粋編集qazx

タタラ(汗をタラタラ流すから)は、製鉄の際に風を送るための大きな鞴(ふいご)で、それは、何人もの人がその上に乗り、踏んで動かしていました。

そのタタラを踏むのは、女たちでした。

その「タタラ」には、男たちがいない。

それでは、男たちは、何をしていたのか。

男たちは山で鉄鉱石を掘り、木を伐って、マキを集めていた。

そして、伐採した後に、植林して、山を管理していた。

ーー

タタラ製鉄の場所は、砂鉄や鉄鉱石が取れ、森林が豊かであり、また重い鉄を舟で運ぶための、川があることが望ましい。

つまり製鉄には、山と森と川が必要なのです。

そのような場所に、タタラ場が築かれる。

ーー

そしてタタラ場を維持するために、木の伐採と維持管理、河川の維持管理が必用となる。

しかも、多くの人が働くための、食糧供給地の田・畑が必要です。

つまりそのような場所というのは、盆地の谷合であった事でしょう。

大雨には、川が氾濫し、水害に遭いやすい地形でもあります。

ーー

古事記には、ソサノオノ命がヤマタノオロチを、「出雲の肥河の河原」で退治したと書かれています。

「出雲国之肥河上、名鳥髪地」つまり「出雲の国の肥(ひ)の川上、名は鳥髪の地」と。

現在の島根県仁多郡奥出雲町、かつて鳥上村と呼ばれた、そこには確かに昔タタラ場が在ったという言い伝えがあった。

この地には、たくさんの水源地から水を集めて一本の川になった斐伊川があり、盆地に入るといくつもの支流に分かれる。

つまり頭が八つで、胴体がひとつ、尻尾が八つ、胴体には苔が生え、檜(ヒノキ)が生育している。

まさに大水が襲えば、盆地は水に飲まれてしまう。

この大水(ヤマタノオロチ)を、ソサノオノ命が堤防を築いて防いだ(退治した)ということに成ります。

それが、ヤマタノオロチの伝説となった。

ーー

ソサノオノ命が、いつこの地に降り立ったのか。

6500年前から5千年前までの時代ではあり得ない。

そのころのこのあたりは熱帯性気候だったからです。

つまり奥出雲の山中は熱帯雨林(広葉樹)地帯だった。

これでは林業は成立しない。

ということはすくなくとも、奥出雲が温帯化し、温帯性樹林に変わる、およそ4000年前以降に成ります。

およそ4000年前以降に、この地にタタラ場が作られた。

ーー

最古の鉄器文明を築いたのは、トルコのヒッタイト族です。

3500年前に、ヒッタイトは、鉄を作るために森を燃やし尽くしてしまった。

いまやかつてのヒッタイトが住んでいたあたりは砂漠化しています。

ヒッタイトは自分たちの土地を砂漠化して、メソポタミヤに攻め込み、メソポタミヤ文明を滅ぼす。

それだけでなく、メソポタミヤでも、鉄器を作った。

そして大量の木を伐採して、結果、メソポタミヤの地をも砂漠化してしまった。

ーー

ヒッタイトが、森林を次々と砂漠に変えたという史実は、「ヒッタイトが製鉄を発明したとは考えにくい」ということを示しています。

なぜなら鉄の出現は、最初は偶発的な火災や、焼き畑などがきっかけで、赤い石から黒い塊が溶け出した。

それは、冷えると堅く固まり、その塊は、熱いうちなら石でたたいて思い通りのかたちに出来、また溶けている間に型に流すと型通りの道具に成った。

こうして鉄鉱石から溶かしだした鉄を鋳型に入れて好きな形の道具をつくるという技術が確立されます。

ーー

ところが、そんなことを繰り返しているうちに、鉄の中にはすぐに錆びる鉄と、錆びにくい鉄があることがわかるようになります。

後者を「玉鋼(たまはがね)」と呼びます。

どうやったら「玉鋼」が採れるのか、様々な工夫が始まります。

そしてこの頃になると、当然に、鉄の需要も増え、生産量も増えていきます。

ーー

ところが鉄鉱石は無尽蔵にあっても、鉄を作る燃料の木は、成長するまでに20年、一世代掛かる。

しかも、禿山になると、居住地域の盆地が大水で流されてしまう。

当然、環境保護の必要性、つまり植林事業が興る。

この工夫は、鉄製品だけを求める人には、理解されない。

ヒッタイトは、後に砂漠を残しているので、鉄製品だけを求めたことになる。

それは、ヒッタイトが、鉄の製法を開発した種族ではなくて、伝えられた種族であったことを意味する。

ーー

つまりヒッタイトに製鉄の技法を伝えた人々がいた。

その人々は、環境を破壊することなく、製鉄をしていたはずです。

なぜなら、環境を破壊していたのでは、ヒッタイト同様滅亡してしまい、他の種族に教えられないからです。

もしかすると、ヒッタイトに鉄器と製鉄を伝えたのは、約4千年前の日本人であったかもしれないのです。

人は移動する生き物なので、あり得ないと決めつけることはできないでしょう。

ーー

ソサノオノ命の物語が、その当時のものだったとすれば、いまから約4000年前の出来事ということになります。

逆に、それくらいの昔から製鉄の技法が確立されていないと、日本刀は生まれないのです。

日本刀の技術は、世界に一つだけの技術です。

鉄で剣が作られ、それが刀に進化する。

私たちは千年前の日本刀を、いまでも見ることができます。

いまと同じ形です。

つまり進化していない。

すでに完成していた。

日本刀を超える刀をつくろうと、世界中で研究されているのですが、日本刀の「切れ味」を越えるものはできないのだそうです。

完成してから千年も経っているのに越えられないのです。

ーー

では、そんな日本刀が開発されるまでには、いったいどれだけの歳月を要したのでしょうか。

すくなくとも、500年より短いことはないと思います。

ーー

縄文文化は、土器のイメージで語られることが多いのです。

土器は、「土で作った器」を焼いて作ります。

つまり、縄文は、火の文化でもあった。

火の文化があって、原料の砂鉄や鉄鉱石があれば、鉄が作れる。

現に、縄文遺跡から、数多くの鉄器が出土している。

日本は、ほんとうに底の深い国であると思います。

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2015年12月5日土曜日

つまり、稲作伝来説というのも、戦後に作られた歴史だった

 

ーー以下「ねずブログ」より抜粋編集qazx

2005年の夏休み国立科学博物館で「縄文対弥生ガチンコ対決」という催しものが開催されました。

ポスター写真では、現代人が、縄文人、弥生人に扮している。

服装や装飾品、髪型に、モデルの顔立ち体型まで、時代考証に基づいているとされた。

その縄文人は「染料で染められて、折柄の装飾まで施された布の衣装を着ている」のです。

そもそも縄文という名が示す通り、土器にも繊維の跡が付けられている。

実際に8千年くらい前の、たとえば鳥浜貝塚などから実際に布が出土しているわけです。

ーー

日本列島の気温は、いまから6千年ほど前は、平均気温がいまより2度高かった。

年間平均気温が1度違うと青森が鹿児島の気候に、それが2度違うと大阪が、台湾の高雄市の気候になる。

つまり、西日本は熱帯、熱帯性気候だった。

そんな所で、鹿の皮を着ていたと主張するような日本考古学会の先生方は、特異な発想をする人たちだと言わざるを得ません。

ーー

その後、10年経って、明らかに間違いとわかったこともあります。

ポスターの写真は「縄文人」と「弥生人」を、まったくの別人種のように捉えています。

縄文人は、背が低くて、二重のどんぐり眼で、瓜実顔のロシア顔、

弥生人は、背が高くて、一重のキツネ眼で、エラの張った朝鮮顔、

のモデルを起用しているわけです。

これは、それぞれの時代の遺跡から出土した人骨をもとに、考えられたものだと説明されていました。

日本列島では、弥生時代に、人種が入れ替わったと。

ーー

ところが、「人種が入れ替わったとする説」は、学者がでっち上げたものでした。

根拠となった人骨は、「人種が入れ替わった」ことにしたい学者が捏造したものだった。

実は人種は変わっていなかった。

今や、その証拠が続々と出てきている。

ーー

つまり日本列島に住んでいたのは、ずっと日本人であった。

縄文人と弥生人の違いは、江戸人と明治以降人の違いに過ぎなかったということが、現在では完全に立証されている。

江戸人と明治以降人を別人種と考えるなど、大間違いなわけです。

ーー

それでは何故、弥生時代に、日本人の生活環境が変化したのか。

これは、鎖国していた江戸時代から明治の開国以後の変化に似ていると言えるでしょう。

ーー

1万年以上の間、日本列島の住人は、狩猟と採集をし、鹿の毛皮を着て生活していた。

それが稲作が伝来して弥生時代になった、と戦後ずっと、つい最近まで、これが定説でした。

ーー

しかし戦前戦中は違いました。

日本の歴史は、日本書紀に基いていましたから、日本では縄文草創期、あるいはもっとずっと古い時代から稲作が行われていたというのが、定説であった。

つまり、稲作伝来説というのも、戦後に作られた歴史だった。

ーー

不安定な狩猟採集生活をしていた縄文人が、色鮮やかな装飾のある布を身に着けていた一方で、

稲作によって生活が豊かになったはずの弥生人が、服装が簡素で、装身具もあまり身に付けていないのは何故でしょうか。

弥生人の着衣には染色もなく、柄もありません。

弥生期に、服装が地味になるというのは、どういうことなのでしょうか。

こういう点が、稲作伝来説では、説明できない。

ーー

ひとくちに縄文時代といっても、年代的にはものすごく長い期間です。

縄文時代草創期、二万年~九千年くらい前

縄文時代早期、九千年~六千年くらい前

縄文前期から晩期、六千年から二千年くらい前

縄文時代は、一万八千年くらい続いた。

ーー

欧州や支那では、

だいたい一万年くらい前を旧石器時代、

一万年から三千年くらい前を新石器時代、

と呼んでいる。

ーー

簡単にいうと、

旧石器時代は、自然石をそのまま道具に使った

新石器時代は、磨製石器、打製石器が出現する

日本の場合、縄文時代の前が石器時代となります。

そして旧石器が11万年前に出現し、磨製石器は、3万年前のもの(世界最古)が発掘されています。

つまり、日本は新石器時代を迎えたのが、欧州や支那よりも、2万年も早い。

ーー

福井県若狭町の鳥浜貝塚遺跡は、いまから1万2千年~5千年前の遺跡です。

遺跡は丘陵の先端部にあり海抜ゼロメートル以下の低湿地で、縄文人たちが湖岸から日常生活のゴミを水中に捨てていた。

そのゴミの山が、まるごと真空パックされたような状態で出土した。

第10次までの発掘調査で出土した遺物は総数20数万点にも及びます。

ーー

ちなみに第4次発掘調査(昭和47年)では、「鳥浜貝塚」の象徴とも言える縄文時代の逸品「赤色漆塗(うるしぬ)り櫛(くし)」が発見されています。

九本歯の短い飾り櫛で、「実に美しい赤色漆」が塗られていた。

「取り上げた瞬間は真紅の櫛だったものが、5千年後の空気に触れたとたん、手の中でみるみる黒ずんだ赤色に変色していった」

と報告書に記録されている。

ーー

発掘現場に居た者ならではの驚きと興奮が伝わってくる。

さらに、赤色漆を全面に塗った上から、黒色漆で模様を描いた木製の深鉢(ふかばち)や皿、

焼いた上に真っ赤なベンガラを塗って仕上げた丹彩(にさい)土器など、

当時の技術によって作られた品が数多く見つかりました。

ーー

日本では漆(うるし)は、いまから1万2500年前には、すでに漆の木の栽培が行われていたことが確認されています。

漆(うるし)には、赤い漆と、黒い漆があります。

それまでの日本考古学会の公式見解は、「日本の縄文時代の漆(うるし)は、赤漆だけで、黒漆は支那から古墳時代頃に伝来した」でした。

ところが、鳥浜貝塚から、黒漆が出土してしまった。

ーー

鳥浜貝塚からは、他にも編み物などがたくさん見つかっています。

このことから、当時の衣装や風俗、生活の様子がかなり詳しく明らかになりました。

つまり縄文人は、「鹿の毛皮」をかぶってはいなかった。

色彩模様のある衣服を身に着けていた。

ーー

それが、ずっと否定され続けてきたのは、日本には独自の文化は無く、すべて「支那・朝鮮由来にしたい」と考える人々が、学界を牛耳ってきたからでした。

ーー

縄文時代の被服で特徴的なのが、女性の装飾品が多いことです。

耳飾り、首輪、腕輪など、種類も多彩で、しかもそれらの装身具は、よく見ると彫刻付きです。

耳飾りは形も大きく、繊細な彫刻が施され、ネックは複雑に加工され、ヒスイや大珠で彩られています。

腕飾りに至っては、貝殻の裏側のパールカラーのキラキラ輝く部分を表側にした美しいものに仕上がっている。

展示品は歴史が付いていて、くたびれて見えるが、新らしく作れば、そのまま現代社会でも立派に通用する。

ーー

また衣服も、布製で極彩色の美しい模様が描かれています。

このデザインを復元したスタッフは、縄文人のこの服装が「そのまま原宿あたりの町を歩いても、なんら違和感がない」と述べています。

おもしろいことに、男性の装身具が腰飾りだけに限られいるのに対し、女性のそれは、実にカラフルに彩られ、種類も多く、加工も美しい。

ーー

しかも、特定の女性だけが、着飾っていたわけではありません。

出土品の点数の多さからみて、10~200戸くらいの集落で、一部の人だけが装飾品を付けていたとは言い難いのです。

つまり、すべての女性が、美しく着飾っていた、ということです。

女性が美しく着飾れるというのは、いいかえれば女性がとても大切にされてる社会だったということを意味します。

ーー

しかも、縄文時代の遺跡からは、まったく「武器」が出土しない。

全国に分布する縄文遺跡から、植物採取や狩猟のための道具としての斧や弓矢はたくさん出土するのですが、人を殺すための武器が出土しないのです。

なぜそのように言えるかというと、人を殺すための武器にしては、弓も小さく、矢尻も小さすぎるのです。

また石斧もありますが、石の部分が小さくて、柄が長い。

つまり、小動物を殺す道具としての武器は出土するのですが、対人用の大型の武器はまったく出土しない。

もちろん刀剣や槍の類もありません。

ーー

女性たちが繊細な彫刻を施した装身具や、美しく彩色された衣類で美しく着飾り、男性たちは武器を持たない。

おそらく繊細な加工を施す彫刻品や土器などの生産は、男たちがやっていたことでしょう。

男は狩猟や採取を行うかたわら、繊細な彫刻品を作る(彫刻品の多くはいまでも男の仕事です)。

女たちは男たちが作った装飾品で、きれいに着飾り、食事や子育てを行う。

そのような集落の生活が想像されます。

ーー

全国に数万か所もある縄文遺跡からは、諸外国に見られるような、頭骨や肋骨に矢じりが突き刺さっている人骨は、いまだに発見されていない。

つまり、縄文期の日本は、人が戦いや争いをすることなく、男女がともに働き、ともに暮らした戦いのない、平和な時代だったということができます。

そういう時代だからこそ、女性たちがたくさんの装身具で身を飾ることができた。

女性たちが美しく着飾れるというのは、平和な世の中のある意味、象徴的なできごとといえるかもしれません。

なぜなら戦乱の世の中では、のんびりと凝った装身具を身にまとったり作ったりするだけの余裕がない。

女性の装身具は、敵から逃げるのには不都合です。

そういう平和な時代が縄文時代であり、その縄文時代が約1万7千年続いたということは、これはすごいことです。

ーー

日本人は平和を愛する民族です。

戦いよりも和を好みます。

そうした日本人は、縄文時代に形成されたのだと言えるでしょう。

ーー

弥生時代にはいると、服装も土器もシンプルなものになったのは、皆様よくご存知のとおりです。

槍(やり)や刀(かたな)などの武器や、鎧を着た人形なども出土しています。

つまり、弥生時代は、日本人が武器を持つようになった時代と言えるでしょう。

弥生時代の始まりについては、諸説ありますが、だいたい今から3千年ほど前、紀元前千年頃から弥生期にはいったとされています。

ーー

弥生時代の朝鮮半島南半分は、倭国の一部でありました。

その北にあるいまの北朝鮮のあたりは、文化らしい文化を持たなかった濊族(わいぞく)が住む地域でした。

そのまた北は秦の始皇帝に統一される前の、戦乱に明け暮れる支那大陸があった。

ーー

稲作は、支那から朝鮮半島に伝わり、そこから日本に伝来したとされています。

なるほど、揚子江流域にあった長江文明で稲作が行われていたことは確認されています。

ところが、その伝来の途中とされる、山東半島の一帯は稲作に適さない。

また朝鮮半島北部も、稲作に適していない。

つまり、稲作が、日本に伝来したとされる経路がたどれない。

ーー

むしろ稲のDNAを調べると、日本から揚子江流域や朝鮮半島南部に稲作が伝えられた考えられるのです。

ーー

それとおもしろいのは、唐古遺跡や板付遺跡の溝底から、明らかに刃物で付けられたと思われる痕跡が見つかったことです。

刃物が石器なら残っているのにそれが見つからない。

それで刃物は鉄器であった、それが錆びて消失したと考えると、紀元前10世紀には、鉄器が使われていたと推測できる。

1955年に、熊本県斎藤山遺跡から出土した鉄器は、紀元前5世紀のものとされた。

また、淡路島からは、1世紀頃の大規模な鍛冶工房跡が見つかっています。

つまり、鉄が6世紀になってから、大陸から朝鮮半島を経由して日本に伝わったとする説は、否定されたわけです。

ーー

製鉄は、砂鉄や鉄鉱石の産地で成されています。

そして、砂鉄や鉄鉱石から、鉄を作り出す時には、大量の強力な火力が必要だということです。

当時の火力は、木を燃やすことによって得られています。

そのためには大量の木の伐採が必要となります。

ーー

鉄器の製造のために森林を伐採する。

これをやり過ぎると、森がなくなります。

木は、燃やすのは一瞬ですが、成長するには最短20年、一世代掛かる。

ーー

いまから3500年前、トルコから中東一体を支配したヒッタイトが、鉄製の武器を使って世界を制したと言われています。

そのヒッタイトが征服した地域は、今ことごとく砂漠化しています。

彼らは、鉄器を作るために、森林を伐採し尽くしてしまったと考えられる。

ーー

製鉄には、森の木々が失なわれることによる環境変化が付随する。

それを徐々に経験することで、その対策もしなければならないと気付く。

つまり環境を保つためには、製鉄と植林業が同時に成されなければならない。

これが独自文化と言うものなのです。

これは小規模ながら、今でも炭焼き場での、森林の伐採方法として残されている。

ーー

古い時代の製鉄は、原料である砂鉄や鉄鉱石があること、森の木々の伐採と運搬が容易なことという二つの条件が備わっていなければなりません。

砂鉄や鉄鉱石や木材の産する場所は、山奥でしょうが、そこからの鉄の運搬は、重いので船を使ったはずです。

つまり河川の通じた谷合で製鉄がなされていた。

これは、容易に想像することができます。

ーー

ところが、権力者が、武器として鉄器を求めた場合は、権力者は森林が失われ環境破壊が進むことには、一顧だにしないでしょう。

これが根の無い文化の欠点です。

その結果、やがて森林消失地域が砂漠化し、民族そのものが滅んでしまう。

ーー

そうすると、いまから3千年前、つまり弥生初期に製鉄が行われていたとするなら、その技法そのものは、もっと古いころからあった。

もしかすると4千年くらい前から小規模な製鉄が行われていた可能性がある。

ーー

日本人が、半島南部に住み鉄を作ったのが、紀元前2〜3世紀であった。

その朝鮮半島は、大陸と地続きであり、当時の支那は、戦乱が続いている。

そういう支那から、ときどき悪い連中が武器を持ってやってくる。

当然、倭人たちも身を護るために武器を手にするようになる。

同時に製鉄時の火力が、薄くて強い弥生式土器を可能にした。

つまり、これが弥生時代のはじまりです。

ーー

人は武器を持つと、他人を蹂躙しようとする者が必ず現れるものです。

そうなると、女性たちも身の安全が確保できにくくなります。

結果、装身具をあまり身に付けない、男女とも似たような簡素な服を着るようになる。

弥生時代と縄文時代の女性たちの服装の変化も、こうして説明することが可能です。

ーー

要するに、縄文から弥生への変化は、大陸との交流によって、人々が対人用の武器を携帯するようになった。

そして製鉄技術の進歩にともなって炉の火力が変わり、土器がより薄い陶器へと進化するようになったことがあげられると思います。

ーー

稲作の話に戻します。

弥生時代に稲作が伝来したという説には、大事な事が見落とされています。

2005年2月、彦崎貝塚の縄文時代前期(約6千年前)の地層から、稲の植物オパールが大量に見つかっている。

その頃日本列島は、熱帯であったという点です。

稲は、もともと熱帯性の植物です。

熱帯には雨季と乾季がありますが、その雨季と乾季を人工的に演出したのが、田植えのシーズンに田に水を入れる灌漑農法です。

日本がもともと熱帯であったなら、稲は低地に自生します。

つまり、稲は、支那朝鮮から渡来したのではなくて、日本に自生していた。

その稲は、たわわな穂を稔らせますから、あたりまえのことながら、人々はそれを食用にしたことでしょう。

ーー

ところがやがて日本列島は、熱帯から、温帯へと変化した。

去年まで自生し、稔っていた稲も、雨季がなくなれば、自生しなくなります。

そこで、どうやったら稲を生育することができるか。

雨が降らず、低地に水がたまらないなら、では、川から水を引いてしまえ、ということから灌漑農法が始まったと、これまた常識的に考えることができます。

つまり、灌漑農法は、かつて熱帯であり、いまは温帯化した地域でしか誕生することはあり得ない。

ーー

熱帯の米を、温帯に持ってきたとする説には、無理がある。

現実問題として、バナナは熱帯性植物で、温帯では生育しません。

温室をつくれば、バナナを生育することは可能ですが、それが広がることはありません。

手間暇がかかりすぎるからです。

ーー

かつて日本列島が熱帯であった時代に、稲が主要穀物となっていた。

それが、温帯化して以後も、なんとか工夫してその食生活を維持した、と考えるほうが自然でしょう。

ーー

小麦なら温帯で生育するし、栽培も容易です。

もし、日本列島が、ずっと温帯のままであったのなら、むしろ主要穀類は小麦やトウモロコシ、粟、ヒエなどになったと考えるべきでしょう。

実際世界の多くの温帯地域の国々では、主食は小麦かトウモロコシです。

日本人は、何故温帯で、米を主食にしているのかを、不思議に思い研究すべきだった。

そうしていれば、稲作が、支那・朝鮮から伝来したなどと言う人は、いなかったはずなのです。

投稿時刻 07:46 国内 | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年12月3日木曜日

「流行語大賞」も、マスコミの世論操作と反日誘導の一貫だ

 

もっとも、最近はマスコミの影響力はかなり落ちており、このような反日工作を行っても、「世論操作をするな」とインターネットで糾弾されて、逆に信用を喪失する結果となってしまっている。

「選考委員は、歪みのない現実を映す鏡を作ったつもりだ」と言ったのは鳥越俊太郎だ。しかし、そう言いながら「アベ政治を許さない」という流行もしていない言葉がそこに盛り込まれている。

実は、この言葉を呼びかけた発起人のひとりが鳥越俊太郎である。自分がそれを呼びかけ、自分で「流行している」と言って取り上げているのだ。

それでいて「歪みのない現実を映す鏡」と言うのだから、さすがに世間は呆れかえっている。

マスコミが歪んでいるのが如実に表れている。これは、マスコミが歪んでいるという現実を映す鏡である。

こうした世論操作を非難されると、選考委員のひとりである「やくみつる」という得体の知れない男は、「アベ政治を許さないにしたって、解釈を変えればアベ政治を許してやってもよくね?とも取れる」と言っている。

どのように考えれば「許さない」が「許してやってもよい」と解釈できるのかは謎だ。

もしかしたら、やくみつるという男は、何でも自分の都合の良いようにしか解釈できないタイプの危険な人間なのかもしれない。もしくは、日本語をうまく解釈できない外国人なのかもしれない。

そう思われても仕方がないくらい、この男が言っていることは日本語の解釈が変だ。どうかしている。

いずれにせよ、こうした人間たちが選考委員をして、それをマスコミが大騒ぎをしているというのが歪んだマスコミの現状だ。選考委員が発言すればするほど、世間の目が冷たくなっている。

東京裁判は裁判ではなく復讐劇であり、西洋文明の非道さ、邪悪さが暴露されたものだった

日本が戦争に負けると、在日・反日勢力は、GHQの協力者となり、旧体制を破壊し、戦後日本を支配してきた。

その在日・反日勢力は、政界・財界・法曹会そしてメディア、学界、教育界を牛耳り、自虐史観を流布させた。

その罪は非常に大きい。

これら在日・反日勢力の犯罪や、従軍慰安婦報道の虚妄がネットで日々拡散されている。

それによって、従軍慰安婦報道をした朝日新聞は、購読者の減少に歯止めがかからなくなり、その記事の捏造を認めた。

そして在日・反日勢力が振りまいてきた自虐史観が、見直され出した。

「頂門の一針」ブログ12/1付で以下の様なコメントが投稿されていたのでお目に掛ける。

ーー以下「頂門の一針コメント欄」より抜粋編集qazx

ヘンリー・S・ストークスは、「英国人記者が見た連合国戦勝史観の虚妄」(祥伝社新書)を書いている。

その中で、彼は、英国人として、戦後日本の自虐史観を嘆いている。

「英国から見れば、日本は英国の植民地を奪ったにっくき侵略者だった」

ーーしかし

英国の植民地統治と日本の朝鮮、台湾の統治は全く別物です。

それは植民地と言う概念には当てはまらないものだった。

ーーと。

菅沼光弘曰く、「戦後すぐに支那・朝鮮で反日教育が始まった。それを支持したのがアメリカであり、戦勝国だ」「竹島も尖閣も含めて、日本とアジアが決してまとまらぬように手を打った。それが判らないんじゃ、お話にならない」と。

中丸薫女史も「GHQの洗脳は深いけれども、ここでしっかりと自己確立をしていかなければならない」「白人の植民地支配からインドもインドネシアもマレーシアもアジア、アフリカまでも救ったのは日本です」と。

ーー

「英国人記者が見た連合国戦勝史観の虚妄」は、戦勝国側の記者であるストークスが東京裁判を事細かに調べて書いたものだ。

ーー

確かに、敗戦という事実に直面した日本人は、打ちひしがれていた。

そんな最中に、東京裁判が行われ、日本人に戦争責任のすべてが押し付けられた。

これで、日本人は、政治家も官僚もマスコミも委縮してしまった。

ーー

ストークスは、東京裁判について新しい見方が出て来たと書いている。

戦後のマッカーサー元帥の占領政策について、批判も評価も様々ある。

しかし、あの東京裁判だけは、許し難いものだと。

ーー

マッカーサー元帥は、天皇を見張れるところに総司令部を置いた。

天皇を威圧し、自分の権力を誇示する目的である。

そしてマッカーサー元帥は戦勝国の論理だけで東京裁判を一方的に演出した。

それは、西洋人が掲げてきた美徳である「公平さ」を真っ向から否定するものだった。

ーー

外国特派員協会は、マッカーサー元帥が日本占領と共に設立させたものである。

その目的は、メディアに以下の内容を全世界に向けて宣伝させることだった。

1、連合国軍が行う日本占領が正当なものであること。

2、占領が、人道的に正しく、いかに偉大な事業であるかと言うこと。

つまりこの協会こそが、占領軍の「東京裁判史観」を世界中にばら撒いた張本人だったのである。

ーー

マッカーサー元帥は、メディアをフルに活用し、世界にアメリカの正義を宣伝しようとした。

そして、国際法を一切守ることなく、日本の将軍のようにふるまって、占領政策を推進した。

ストークスに言わせれば、アメリカが日本占領中に行ったことは、おぞましい復讐であり、悪そのものであり、リンチでしかなかった。

マッカーサー元帥は自らが検察官で裁判長であり、日本の戦争犯罪を裁こうとした。

ところが、東京裁判では、西洋人、西洋世界の在り方そのものが、裁かれそうになったのだった。

戦争に勝った方が数々の重い罪を犯している。

つまり、マッカーサー元帥の意図とは真逆の真実が暴露された。

ーー

東京裁判は裁判ではなく復讐劇であり、西洋文明の非道さ、邪悪さが暴露されたものだった。

その後マッカーサー元帥は反省して、日本の戦争は自衛の戦いだったと言っている。

マッカーサー元帥は、1951年、アメリカ上院軍事外交合同委員会の公聴会において、次のように告白している。

ーー

第2次大戦は、アメリカ合衆国の方が悪かったのです。

日本は自衛戦争をしただけです。

日本には資源は蚕以外にほとんどなかった。

綿が無い、羊毛が無い、石油を産出しない、錫が無い、ゴムが無い、無い物ばかりでした。

その資源がアジア全域にあったのです。

日本が戦争に進まざるを得なかったのは、国家と国民を守るためだった。

日本人の労働力は、量的にも質的にも、私が知る最高のものでした。

日本人は、怠けるより働くこと、建設することの方に価値があるという、労働の尊厳を知っていた。

ただ、この労働力があり、工場を建設しても資源が乏しかったのです。

日本に最後通牒として突きつけられたハルノートのことは、私自身もアメリカの国民も知らされていませんでした。

私は日本について誤解していました。

日本は、アメリカなどによる経済封鎖によって苦しめられ、それが日本を戦争に引き込んだのです。

先制攻撃を仕掛けたのは、日本ではなくアメリカの方であったと言えます。

日本が戦争を行った目的は、侵略ではなく自衛の為でした。

私は反省しています。

今、反省するべきなのは、日本ではなくアメリカの方です。

私が生きていた時の証言と、謝罪の言葉を残したいのです。

ーーと。

東京裁判のウェッブ裁判長も確かに東京裁判は間違っていたと言っている。

東京裁判の当事者が間違いを認めて反省している。

ーー

日本人は、東京裁判の自虐史観から脱却する必要がある。

GHQの大元であるマッカーサー元帥が間違っていたことを素直に認めている。

その意向に反してはならない。

2015/12/1

投稿時刻 07:53 国内 | 個別ページ | コメント (2) | トラックバック (0)

2015年12月 1日 (火)

古事記は知恵の宝庫

ーー以下「ねずブログ」より抜粋編集qazx

古事記は「陛下に政治の指針をお示しする」ために書かれたと、その序文に書かれています。

そのつもりで読めば、古事記は知恵の宝庫なのです。

ーー

例えば、イザナキ、イザナミの物語です。

イザナミに私の死後の姿を見ないでほしいと言われていたのに、イザナキは、黄泉(よみ)の国へ行き、見てしまいます。

ウジに食われ朽ちていく姿を見られて恥じ、半狂乱になってイザナミは、イザナキを追いかけます。

イザナキが黄泉の国から出ようとした時

イザナミ「愛(いと)しいお前さまがこのようなことをなさるなら、私は貴方の国の人草を一日に千人絞(くび)り殺しましょう」

イザナキ「愛(いと)しいお前さまがそうするなら、私は一日に千五百の産屋(うぶや)を建てよう」

ーー

たとえばISが「日本でこれから毎日千人殺す」と言ってきたら、どうするでしょうか。

そういう設問なのです。

「やめてくれ!」と懇願するか、相手に軍事的制裁を加えるか。

そんな選択しかないと思います。

イザナキは、「ならば私はこれから毎日1500の産屋を建てるよ」と答えているのです。

ーー

相手の主張に対して、

怒るわけでもなければ、拒否するわけでもない。

叱るわけでもない、受け入れ協調するわけでもない。

相手の言いなりになるわけでもない。

これが1300年前の古事記に記録された日本人の知恵です。

ーー

古事記を読めば、国政を正しく行える。

詳細については、私(小名木善行)の著書「古事記から読み解く 経営の真髄」をお読みください。

以下少々その例を挙げておきます。

ーー1、神武東征の物語から学ぶ

神武天皇は、ナガスネヒコと戦うに際して、高天原の神から太刀を授かります。

その太刀は、手にするだけで、敵が気を失ってホロホロと崩れてしまうという、霊力を持っていました。

ところが高天原の神は、さらに天皇に、熊野をまわって仲間を集めろと言います。

つまり闘いに勝つためには、兵器を集めるだけでなく、「仲間を集めろ」と古事記は書いているのです。

先の大戦で、日本は、単独で、連合国と闘い負けた。

「戦うときには、武器と仲間を集めよ」に背いたからでした。

ーー2、海幸彦と山幸彦の物語から学ぶ

弟の山幸彦は、兄の海幸彦から、貸した釣り針を返せと言われます。

海で失った釣り針を探し出すことなどできない。

しかも兄のいうことは、無視できない。

これは、無視することのできない相手から、理不尽な要求をされたときにどう対処するかに回答を与えたものです。

ーー

古事記には、海の大神が現れ次のように言ったとされています。

1 相手に謝る必要はない。

2 相手に経済的制裁を加えよ。

3 それで相手が攻めてきたら、完膚なきまでにやっつけよ。

4 相手が詫びを入れてきたら、赦してあげよ。

ーー

これは、日韓関係にまるごと当てはまります。

「従軍牧師」といえば、軍から給料をもらっている牧師です。

「従軍慰安婦」は、軍から給料をもらっていた慰安婦に成ります。

そんな慰安婦は居なかった。

つまり、韓国は、「居なかった」慰安婦に対して、金銭の要求をしてきているのです。

そのような理不尽な要求に対処する方法を古事記は、「一切謝罪するな」と言いっているのです。

ーー

それにこの問題は日韓基本条約で片が付いている。

昭和40年(1965)、日韓基本条約締結

財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定

1 両締約国は、両締約国及びその国民(法人を含む)の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、1951年9月8日にサン・フランシスコ市で署名された日本国との平和条約第四条(a)に規定されたものを含めて、完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する(個別請求権の問題解決)。

2 一方の締約国及びその国民の財産、権利及び利益において、一方の締約国及びその国民の他方の締約国及びその国民に対するすべての請求権であって1945年8月15日以前に生じた事由に基づくものに関しては、いかなる主張もすることができないものとする。

つまり、1945年8月15日以前に生じた事由に基づく請求は、韓国は一切主張することができないと、両国で明確に定めているのです。

ーー

韓国による慰安婦の賠償請求は、韓国自らが日韓基本条約を破棄する意思表示をしたことになります。

それは、日本が、1945年8月15日以前に韓国に投資したすべての資産および投資金額を、時価で韓国に返還要求出来ることを示しています。

また、日韓基本条約締結時に日本が韓国に支払った経済協力金も、返還請求出来る。

ーー

さらに古事記は、そうした理不尽な要求を突きつけてくる者に対しては、「経済制裁を加えよ」と書いています。

つまり日本は、韓国に技術協力をやめ、製造機器や高機能部品の輸出と、韓国製品の輸入を停止すべきだと言っているのです。

それで、「韓国が日本に攻めてくるなら、韓国を殲滅せよ」と言っている。

今、日韓関係がこじれているのは、古事記の教訓を守らなかったからなのです。

ーー3、天の岩戸の物語から学ぶ

天の岩戸が開かれる前と後とで、統治の形態が180度変った。

前は、あらゆる意思決定を天照神(あまてるかみ)が行っていました。

後は、日常の政治を八百万(やおよろず)の神々が行うようになった。

ただし、人事権は、天照神(あまてるかみ)にあった。

日本は、天皇が、超法規的存在として、人事権を持たれていた。

会社でも同じですが、政治も人で動くのです。

誰をどこに配置するかで、結果は見なくてもわかる。

それが人事というものです。

いまの天皇は、親任権があるだけで、任命権がありません。

拒否権もない。

つまり陛下に政治的責任を負わせない工夫なのでありますが、これでは、まともな統治など出来ようはずもないのです。

投稿時刻 07:40 国内 | 個別ページ | コメント (1) | トラックバック (0)

2015年11月30日 (月)

わたしたち現在を生きる日本人は、「日本兵たちの体たらく」どころか、ご先祖様を尊敬し賛嘆するばかりなのです

ーー以下「中韓を知りすぎた男ブログコメント欄」より抜粋編集qazx

日本人のモラルって高いのかな?

ロシアや米軍の捕虜になった日本兵たちの体たらくを見れば、とてもそうは思えませんけどね。

『逆境に生きた日本人』

『アーロン収容所』

『黒パン俘虜記』

あたりを読めば、日本人の嫌らしさが「これでもか」ってほど出てきますよ。

2015/11/26(木) 22:51:38| URL| やましろや #KnHW2vQ.

ーー

ソロです。

貴方は、日本で生活していますか。

日本で生活しているのであれば、ごく普通の日本人が、とてもモラルが高いことがわかる。

つまり日本社会では、安心して暮らせる、ということを実感しているはずです。

ところが貴方は、日常生活から、日本人の道徳性(モラルが高い)を実感できていない。

そして日本人が道徳的に低い位置にあるという意見を、本の記述からしか書けていない。

と考えられるので、私は、貴方を、日本人に悪意を抱いている外国人であると考えています。

ーー

さて、貴方が、これらの本を読み、感想を書き、人にも読むことを勧めることは自由です。

しかし、日本で普通に暮らしている大多数の人は、日本人が非常に道徳的であると実感しているのです。

特に欧米人や、支那・朝鮮人を知っている人にとっては、その実感は、確信に近いものとなっている。

ところが貴方は、本に書かれた「日本兵たちの体たらく」を上げて、「日本人のモラルって高いのかな?」と疑義を呈している。

これは、現在の日本人の実感を拒否するものなのです。

ーー

自分の国を護る為に敵、それも戦力が数百倍である相手と戦った兵士が捕虜になった。

その兵士について、その場にいなかった、あるいは捕虜となり洗脳されて敵の言うがままになってしまった人物が書いた本を読んだ。

そして、その中に『日本人の嫌らしさが「これでもか」ってほど出てきます』と書けば、「お前は日本人をおちょくっているのか」と非難されても仕方ない。

それほどの、卑怯な行為を貴方はしているのです。

ーー

サイパンやグアムには、自殺の崖(スーサイドクリフ)や万歳崖(バンザイクリフ)が有る。

これは、サイパンやグアムに米軍が進駐した時に、強姦されるのを嫌い、日本人女性が飛び降りたところです。

日本人女性が、躊躇(ためらい)もなく、崖から飛び降りる光景が、繰り返されたのでした。

彼女たちの殆どは、沖縄からの移民でした。 

その生き残りの人たちが沖縄に帰って、米軍の酷さを教えていた。

それが、姫百合部隊などの集団自決と云う行為に繋がったと思われます。

ーー

米軍の行為の中には、老人子供を集め集団で取り囲み、嗤いながら足元にガソリンを撒いて火をつけて、逃げ出そうとすれば銃で撃ち殺した。

もしくは日本兵捕虜に撃ち殺させたと云う話さえあります。 

この事実を告発した日本兵も貴方が言う捕虜になった日本兵です。

彼が戦後に出版した本は、販売されるや否や発禁にされました。

めげずに5度出版しても、悉く回収された、GHQの協力者たちの仕業でした。

米軍の人間を人間とも思わない扱いを受ける環境にいた日本兵捕虜について、貴方がモラル云々って・・・

批判は自由ではありますが、米軍やソ連軍の行為を批判しない貴方は、とても卑怯で卑劣な行為をしているのですよ。

呆れますね。

2015/11/28(土) 11:30:51| URL| ナポレオン・ソロ #90LdKUd6

ーー

劣悪な環境におかれた当時の日本人を現在の価値観で批判するなどというのは、まことに卑怯者のすることです。

もし日本兵について比較するのなら、日清・日露・第一次大戦の勝者たる日本兵と、第二次世界大戦での勝者たる米兵との比較でありましょう。

第一次世界大戦まで、日本兵の捕虜に対する扱いは問題になっていない。

むしろ極めて人道的であったと今も評されている。

ーー

しかし、第二次世界大戦後、米軍は、東京裁判という、敗戦国に全ての戦争責任を押し付ける政治宣伝をしている。

米軍の犯罪的行為は、すべて不問にされ、日本軍の所為(せい)にされた。

では大東亜戦争で日本軍が、原住民や自国民の非戦闘員に対してどのような非道を行ったか?

米軍に対して、日本軍は1/100程の極少の戦力での戦闘を強いられたのです。

それでも、戦闘員・非戦闘員の区別なく攻撃するような野蛮な戦闘は行わなかった。

捕虜の扱いも、日本兵と同等であった。

ーー

日本兵は、ソ連軍の捕虜になり、シベリアでの強制労働を強いられても、課されたノルマをきちんと果たした。

そして限られた物資をみんなで分け合いながら、毎日を計画的に生き抜いた。

この上なく過酷な環境で示された行為であるがゆえに、それが日本人の「本性」であるということです。

ーー

勝者でありながら、面白い半分に無抵抗の日本兵捕虜の喉元をナイフで切り裂き虐殺し、その頭蓋骨を記念品として持ち帰るようなことはしなかった。

むしろ、極限状態でも、日本兵は魂を汚さなかった。

こんなすごい御先祖様を、私たち日本人は持っている。

わたしたち現在を生きる日本人は、「日本兵たちの体たらく」どころか、ご先祖様を尊敬し賛嘆するばかりなのです。

2015/11/28(土) 20:33:50| URL| 硫黄島 #-

投稿時刻 07:58 国内 | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年11月29日 (日)

このことからISは米軍の真の敵ではなかったということが分かる

ーー以下「株式日記toraさんの意見」より抜粋編集qazx

ロシアは、クリミア半島を奪ったとしてG7から経済制裁を受けて以来、経済的には困窮したままだ。

つまり自給自足状態になっている。

これはもうこれ以上悪化することはないと言う、いわば居直りをロシアに許すこととなった。

ロシアは、交易路の封鎖を恐れることなく行える立場を手に入れたことになる。

ーー

一方のユーラシア大陸の沿岸諸国(EU、中東)にとって交易は、国の生命線だ。

つまりロシアは、交易を妨害する立場を手に入れれば、ユーラシア大陸の沿岸諸国に大きな影響力を及ぼすことができる。

ロシアはアサドを支持する代わりに、アサドから地中海沿岸の港湾と空港の租借権を得ている。

これがロシアが、シリアのアサド政権を切らない理由なのである。

ーー

そのロシアが、領空侵犯を理由に戦闘機を撃墜されたトルコに報復し始めた。

それは意外なことに、ISの石油精製所やタンクローリーを爆撃することだった。

ここにきて、ISが油田地帯と石油精製所を持っており、トルコは、ISから石油を入手し世界に売りさばいていたことがばれた。

つまり、これまでISに対して空爆を繰り返していた米軍は、ISの持つ石油精製所やタンクローリーは空爆していなかったことになる。

このことからISは米軍の真の敵ではなかったということが分かる。

ーー

しかしISがパリを攻撃した以上、米軍も、ISを非難せざるを得なくなった。

米国は、ロシア軍の石油精製所やタンクローリー500台爆撃に沈黙したままだ。

アメリカ軍は、IS幹部を殺害したと言いつつ、タンクロ-リーは爆撃していなかったのだ。

ロシアはご丁寧にも、爆撃の様子をネットに公表し、ISの資金源を白日にさらしてしまった。

ーー

一見反トルコのISが、実はトルコの下部組織である可能性も出てきた。

これは、ISが我々が考える国家とは別の論理で成り立っているものであることを示している。

恐らくクルドと同じような各地域を支配する集団だと考えられ、彼らの国境概念は、我々のそれとは違っていると考えるべきなのだろう。

ーー

ーー以下「マスコミに乗らない海外記事」より抜粋編集qazx

欧米の協力というロシアの希望を破壊したトルコ

Paul Craig Roberts

2015年11月24日

トルコによるロシア軍用機撃墜は、興味深い疑問を提起している。

トルコ政府が、遥かに強力な隣国ロシアに対し、戦争行為をする可能性はほとんどないと思えるからだ。

バカでも、単独でロシアと対決するような立場に陥ることは避ける。

ーー

つまりこの撃墜はワシントンの承認を得たものであったはずだ。

その場合、それを主導したのは、オバマ本人か、それともネオコンなのか。

ISILのパリ攻撃に対して仏大統領は、ロシアにも団結を呼び掛けた。

それに対しネオコンは、ロシアとの協力を不快に思い、トルコとのコネを利用して仏露の協力を阻止した。

そう考えるべきだろう。

ーー

しかしトルコが、ISIL石油の仲介事業を破壊したロシアに報復した可能性も、完全にないわけではない。

しかし、トルコ大統領が、ロシア機撃墜をISILとの関係を隠して「国防」だとウソを吐くだろうか。

マスコミが、そうした疑問を調べるなど期待してはいけない。

マスコミは、ロシア機撃墜とロシア旅客機の墜落を、プーチンの対ISIL政策のせいにしている。

ーー

オバマは、ネオコンの主張に沿って、アサドが大統領の座に居続けるのを許せない、アサドの両手が血にまみれすぎているからだと語っている。

「アサドの両手の血」はシリア軍と戦っているISILが流したものだ。

一方「オバマの両手の血」は、リビア、アフガニスタン、イエメン、シリア諸国が流したもの。

更には、キエフのロシア系住民が流し、イスラエルがパレスチナ人に流させたものも忘れてはならない。

もし両手の血ゆえに、アサドが失格だというなら、オバマはもっと失格だ。

キャメロンも、オランドも、メルケルも、ネタニヤフも。

ーー

ここにきてウクライナによる攻撃と停電がクリミアに影響している。

ロシア政府は、キエフが、ロシアとの更なる紛争を意図していることを知っている。

ーー

ワシントンは始めから、ワシントンの狙いが、ISILではなく、アサドの打倒であることを明らかにしている。

アメリカ国務省報道官、元海軍少将ジョン・カービーは、ロシアがアサド支援を止めるまで、ロシアは対ISIL連合のメンバーにはなれないと語っているからだ。

ロシア政府は外交を信じて、切り札である武力を使わずにいた。

外交はもはや行き詰まったことが証明された。

ここまできてロシアが、武力行使をためらえば、ロシアは敗北するだろう。

投稿時刻 08:45 世界 | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年11月28日 (土)

問題は通貨外交を担う日本の財務官僚である

ーー以下「過去ログ」より抜粋

それでは、なぜ、このような日本の古代史に関するデータの改ざんや捏造が行われ続けてきたのでしょうか。

それは戦後の占領軍総司令部GHQの「思想」に基づく検閲があり、その「思想」に沿って改ざんやねつ造が行われたからだと言うことになります。

その「思想」とは、以下のようなものでした。

1、日本人は、混血でなければならない

2、日本人は外来種によって征服され成立したものでなければならない

3、日本には固有の文化はない

検閲を行い、この「思想」に反して、日本の古代から中世、近世、近現代へと続く歴史を、資料に基づいて研究していた歴史学者たちを大学から追放したのです。

ーー

まず日本書紀を研究し、神代からの天皇の歴史をまともに研究する教授たちを、ことごとく追放してしまいました。

生き残った教授たちは、一斉に、戦前までの日本史を頭から否定する学説を発表しました。

なかでも有名なのが、東京大学の江上波夫(なみお)名誉教授の「騎馬民族征服王朝説」です。「思想」を忠実になぞっています。

長浜先生によると、あれは江上教授の「私は日本書紀を否定してますから、どうかクビにしないでください」というアピールに他ならないとのことです。

「騎馬民族征服王朝説」は、昭和23年に発表されたのですが、いまも強固に歴史学会、人類史学会、考古学会、古文学会等に、根強く残っています。

ーー「騎馬民族征服王朝説」とは

かつて日本列島には、鹿の毛皮をまとっただけの、ほとんど原始人のようなオクレタ生活をしていた縄文人たちが住んでいた。

そこに2500年ほど前に、朝鮮半島からススンダ稲作文明を持つ渡来人(弥生人)たちがやってきた。そして縄文人たちを殺戮し、日本民族は入れ替わった。

弥生人豪族たちも、文化程度は低く古墳などの土盛りをして、勢力を誇示していた。7世紀になって、朝鮮半島からの渡来人が、日本人に箸の使い方から文字、仏教などを教えた。

渡来人によって文明化した日本人が、明治以降、その朝鮮半島を征服し、若い女性をことごとく性奴隷にしたあげく、大陸においても残虐な人殺しをし続けた。

そうした日本人のもとになっているのが、弥生時代に渡来し、縄文人の男たちを皆殺しにし、縄文人の女たちを強姦し抜いた血に基づくものなのである。

ーーと続いて、ぐるりとまわって現代と古代がつながるわけです。

この話は、「思想」に沿った作文にすぎません。と言いますのも、この「思想」に反する実証学的な証拠が、数多く提示されているからです。

しかし「思想」に反する実証学的な証拠は、ことごとく証拠として採用されることはなかった。

完璧な証拠をそろえても、学会からは排除され、あるいは無視され、決して日の目をみることはなかったのです。

逆に、この「思想」に沿う内容であれば証拠が全くなくても、ニュースになり、書かれた本は文科省や教育委員会の推薦をもらえたのです。

イカサマ学者や反日出版社は、この仕組みによって、日本社会を、今も「思想」的に支配しているのです。

ーー

ーー以下「中韓を知りすぎた男ブログコメント欄」より抜粋編集qazx

「横田喜三郎」という反日共産主義者

東大へ行くような人達は、自ら頼むところすこぶる厚く、賤吏に甘んずるを潔しとしない人達なのである。

これは、現在も変わっておらず、朝日新聞が落ち目だと分かると、東大生は一人も就職しないのであります。

ーー

敗戦を目の当たりにした東大教授らは、これからは反日だと読み切ったようなのである。

連合国軍が日本を占領すると、日本の旧体制を破壊するための協力者を求めた。

東大は、戦後体制の主導権を握るべく連合国の旧体制破壊に協力する。

東大法学部教授だった横田喜三郎という共産主義者は、敗戦後早速、皇室について、

「無知と奴隷的服従が日本人民の自然な発達を阻止したために生じた奇形状態」

「軍国主義の責任をとって、昭和天皇は退位すべきだ」と主張したのです。

そして日本共産党は、東京裁判の起訴状を作成しています。

ーー

財務省はこの「横田喜三郎」の弟子たちが多く、日本の発展を妨害することを楽しむ人々の巣窟と化しているのです。

また敗戦と同時に東大法学部に集った人々は、これからは、キリスト教徒でなくてはならないと考えたようで、東大法学部生にキリスト教への改宗を迫った(現在は分かりません)。

それゆえ日本の法曹界は、靖国参拝をする政治家たちに、政教分離を厳しく迫る。

しかし、キリスト教会への参拝については沈黙している。

キリスト教徒である麻生財務相の靖国参拝は非難され、教会参拝は不問にされる。

ーー

要するに東大法学部の法学は、肩書きにすぎない。

実は共産主義者であり、日本で「共産主義革命」を起こしたいと考える人々の集団なのです。

革命のためには、まず日本経済を叩き潰し、国民を貧困化させる必要があります。

貧すれば鈍するで、野蛮化した国民が暴徒と化して、体制を破壊する。

そして、その全責任を政府や日本の歴史・伝統・文化、そして皇室に押し付ける。

こうして日本を「全否定」し新たに共産主義体制を作る、これが彼らが望む「革命」なわけです。

しかし、こんな「革命」で豊かになった国民国家は、いまだ歴史上一つもないのです。

ーー

それに財務省には、東大経済学部教授だった大内兵衛の弟子たちもいます。

大内兵衛は筋金入りの共産主義者で国際共産党組織(コミンテルン)主導の活動に参加し治安維持法違反で検挙されています。

彼は「私有財産否定」を掲げた。

そして明治・大正・昭和の日本を『泥棒国家』と罵っている。

つまり、財務省を共産主義者が牛耳っているということに成ります。

ーー

彼らにとっては、支那共産党は、仲間であり、支那には紐無しODAなど兆単位で国税を献上しています。

一方で日本国民に対しては、「国債残高1千兆円越え」と「財政均衡」のために、「緊縮財政」を強要しているのです。

しかし、国債の買い手は、日本の銀行であり、その資金は預金者のものである。

つまり、「国債残高1千兆円越え」は、国民の借金などではなく、国民の資産なのです。

そのことを十分知りながら財務相官僚たちは、国民の借金などと言って、国民に不安を押し付けている。

これは、財務省官僚たちが、日本経済を叩き潰そうとしているとしか考えられません。

2015/11/25(水) 19:39:55| URL| 硫黄島 #-

ーー

それでは、どうすればこの状況を変えられるのか。

具体的には「赤追放(レッドパージ)」、つまり共産主義者を公職から追放することです。

が、これにはかなりの政治力が必要です。

ーー

その方法としては、自衛隊が決起して三権を掌握、国を根本から立て直せば、最も犠牲が少なく、赤追放を行えます。

しかし政府は、自衛官に「護憲」を刷り込んでいる。

新人自衛官はみな日本国憲法への忠誠を誓わされる。

ーー

その日本国憲法では、9条で「国軍の不保持と交戦権の放棄」つまり国軍を否定している。

自衛隊は国軍ではない、だから外患を除去する目的での決起による赤追放は期待できない。

我々は、いまのところ赤追放を貫徹してくれる政治家を、育て、支援して国会に送り出すより外ないのです。

喋りすぎてしまいました。失礼しました。

2015/11/26(木) 06:50:36| URL| 硫黄島 #-

ーー以下「産経日曜経済講座「人民元のSDR化」田村秀男」より抜粋編集qazx

問題は通貨外交を担う日本の財務官僚である。

共産支那の人民元SDR化工作には無関心なくせに、IMFに予定通りの消費税増税を対日勧告させるよう励んでいる。

日本は消費税増税ショックで沈み、支那は国際通貨元で息を吹き返す。

語るに落ちる。

投稿時刻 07:58 国内 | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年11月27日 (金)

ダレス兄弟の世界観は、当時のアメリカ国民の世界観だった

ーー以下「宮崎正弘ブログ◆書評」より抜粋編集qazx

スティーブン・キンザー著、『ダレス兄弟』、渡邊惣樹訳(草思社)

「国務長官とCIA長官の秘密の戦争」

ーー

祖父も叔父も国務長官や大使を務め、ダレス家にはいつも政財界の大物が出入りした。

ダレス兄弟はこういう家庭環境で育ったため、国際情報にはやくから通暁した。

兄ジョンの社会的出発はS&C(サリバン&クロムウェル)という法律事務所だった。

同社は1879年の創設で、「投資家と企業を結びつけて巨大企業を生み出す」ことを目的としていた。

「大金持ちの極悪人」といわれたハリマンも顧客だった。

「S&Cは金融界にもメディアにも強い影響力を行使できた。政界の意思決定を左右できるほどの影響力だった」

つまりS&Cは、司法事務所兼ロビィスト、政界のフィクサーの機能を持っていたのだった。

ーー

1926年に兄ジョンはS&Cのシニア・パートナーとなる。

以後半世紀に亘りジョンは「アメリカの運命に深く関わることになる」(p75)

同1926年、弟アレンもS&C社に入ってきた。

「アレンが世界的な人物と知己であった」ことが採用の理由だった。

ーー

二人の性格は百八十度異なった。

ジョンは、厳格で狷介(けんかい、頑固)な性格だった。

アレンは社交的であり、女性の出入りが激しかった。

ーー

二人はウォール街とワシントンを繋げる位置にいた。

そして、ものごとの判断基準はウォール街の投資家の視点だった。

ーー

S&CはUSスチールという巨大企業を産む法的な機関(エンジン)となった。

外国の顧客も夥しく、当該国へ進出したアメリカ企業の代理人でもあった。

ふたりはドイツ、フランスなどへ頻繁に出かけ、政治がらみの大型案件をまとめた。

ーー

時は流れ、フランクリン・ローズベルトFDRは急死し、トルーマンが大統領となって、日本に原爆を落とした。

ーーp205

「トルーマンはCIAを利用したが、外国の指導者に対する転覆工作まではさせていない。

しかしアイゼンハワーは違った。

指針作りは(国務長官となっていた)ジョンが担当した。

実行役は(CIA長官となっていた)アレンだった」

ーー

兄のジョンは、アイゼンハワー政権で六年間、国務長官としてアメリカ外交を牛耳った。

その間、CIAを指揮し、いくたの秘密工作を指導したのは弟のアレンだった。

つまり戦後のアメリカ外交と諜報工作を采配していたのはダレス兄弟だったのである。

ーー

「アイゼンハワーは諜報工作の価値をしっかりと理解していた」

「ドイツの暗合はすでに解析済みであり、それをはじめとした諜報活動については長い間秘密であった」

そして連合国は第二次世界大戦に勝利する。

ーー

しかし、アメリカが支援したソ連は共産主義独裁国家としてアメリカと対峙し、

やはりアメリカが支援した中国は毛沢東に横取りされ、「誰がチャイナを失ったか」という議論となる。

ーー

「1940年代後半から1950年代初めのアメリカ国民は、あの大戦の敵国だった国々とソビエトは同質であると見なした。

ナチスの大量虐殺のイメージをソビエト共産主義に投影した。

アメリカ国民は、ソビエトの指導者は世界の支配者になろうと企んでいると教えられ、それを信じた」

ーー

イランの民族主義指導者モサデクは、アメリカが利権を持っていた石油会社の国有化宣言をした。

そのモサデクをアレンは「共産主義の陰謀であり、背後にソ連がいる」と非難し国民をあおった。

そしてCIAはモサデクを引きずりおろす陰謀を巡らす。

ーー

「テヘランでならず者連中に金を渡してテヘラン市内を騒乱状態に陥れ、反体制派の軍人の指揮に当たった。(中略)暴徒化した群衆がモサデクの私邸に向かった。夜が明けるころには反モサデク派が勝利した」

ーー

CIAの陰謀は成功し、つぎのようにアイゼンハワー大統領は日記に書いた

「ソビエトにとって手痛い敗戦だ」(p252)

大統領もダレス兄弟も、こうした工作はひきつづき成功し続けると過信した。

ーー

対日工作については次のような記述がある。

ーーp324

「アレンは自由民主党を味方に引き入れた。

アレンは当時頭角を現してきた岸信介を支援した。

岸は後の首相となり、他党のリーダーにカネを配り、野党社会党を腐敗させた。

CIA工作は十年以上にわたって続き、冷戦期の間、日本をアメリカの同盟国に留めておくことが出来た」

ーー

しかし傲慢は愚策を産む。

最悪の失敗はベトナムだった。

当時の冷戦環境での西側を動かしていた考えは、共産主義の脅威とドミノ理論だった。

ーー

ジョンは、植民地から宗主国が撤退した後に出現する『権力の空白を埋める』のはアメリカであるべきであると確信していた。

アメリカは、『緊急時に行動する能力のみならず、終始存在感を』示すべきである、と。

しかしアメリカは南ベトナムの傀儡政権にカソリック教徒のゴ・ジン・ジェムを選んでしまった。

カトリック教徒が「仏教徒が90%の国の指導者」となったのだ。

「彼と働いたことのある者は、彼が優れた政治指導者になれるなどとは考えてもいなかった」(p337)

ーー

失敗はさらに連続した。

つぎの蹉跌の舞台となるのはインドネシアだった。

「ホーチーミンを狙ったのは、彼が生粋の共産主義者だった」からだ。

しかし、スカルノは共産主義者などではなかった。

つまりダレス兄弟はアジアの理解がまるでなかったのだ。

ーー

スカルノが、「インドネシアを西欧的な視点で見ないようにと警告を発していた」(p428)にも関わらず、

「(ソビエト脅威に対する)恐慌状態と無知と頑迷さから、アメリカにとって何の脅威でもなかったスカルノを結果的に失脚させてしまった」

ーー

またダレス兄弟からみれば、非同盟諸国という、中途半端な国々を許せなかった。

彼らにとっては、アメリカの味方か、さもなければ敵だったのだ。

ダレス兄弟は、この文脈からインドも味方にはできなかった。

ーー

その後、キューバのカストロとも対立している。

カストロは、反政府組織にスパイを送り込んでおり、ダレス兄弟のカストロ転覆計画の詳細を掴んでいた。

そして、ジョン・F・ケネディJFK政権でのピッグス湾侵攻作戦は、特殊部隊の上陸地点まで読まれていて、見事に失敗したのだった。

ーー

今や東西冷戦は過去のものとなり、当時のソ連に対するアメリカの恐怖心を理解することはもはや不可能となった。

ダレス兄弟の「アメリカは共産主義と戦うべきだ」という考えは、「神意(プロビデンス)に従う」というキリスト教に強く影響されたものだった。

そしてダレス兄弟は、ソ連に対する恐怖を増幅した。

「その後の歴史は、二人の外交に大きな間違いがあったことを示している。しかしその責任は二人だけが負うものではない」(p567)

ダレス兄弟の世界観は、当時のアメリカ国民の世界観だったからである。

ーー

当時を知っている人がまだ多く生き残っていて、ひょっとするとこの著書を読まれるかもしれない。

イランのモサデク政権崩壊、資源王国コンゴのルムンバ首相暗殺、そしてキューバ侵攻の失敗、グアテマラ、インドネシアに於ける政変、さらにはベトナム戦争。

これらの出来事について、当時CIAの工作ではないか、という噂はあった。

しかし、確証はなかったのである。

著者は、証拠を提示しながら、これらの出来事が、ダレス兄弟のある思いからなされたと書いている。

それは、アメリカが「共産主義と戦う」という使命を神から与えられている、という強い思いであった。

ーー

本書は592頁の浩瀚(こうかん、分厚い)、読み終えるのに三日を要した。

渡邊氏の訳文は実にこなれており、通俗の推理小説など色を失うほどに面白かった。

投稿時刻 08:05 国内 | 個別ページ | コメント (1) | トラックバック (0)

2015年11月26日 (木)

大阪自民は、長年の「なれ合い」からの離脱を宣言するべきなのだ

ーー以下「中韓を知りすぎた男ブログコメント欄」より抜粋編集qazx

ソロです。

大阪W選挙の結果は、「大阪維新の会」の2勝、それも、Wスコア以上の圧勝でした。

大阪自民推薦候補は、選挙前、接戦を伝えられていたが、屈辱的惨敗を喫した。

ーー

惨敗の原因は、「大阪自民が共産党や民主党と相乗りした」からだ。

「大阪維新の会」支持者の100%が、大阪維新の会候補に投票したと答えたのに対し、自民党推薦候補に投票したのは自民支持者の1/2、公明支持者の1/4だったのだ。

ーー

自民支持者は、大阪自民が、「共産党や民主党と組む」と聞いて驚愕した。

大阪自民は、ネット上の議論を知らないようだ。

ネット上でなされていた今回の選挙の争点は、「売国」はどちらかというものだった。

ネット上では、毎日のように、「共産党や民主党」がやってきた「売国」が非難されている。

「共産党や民主党」を排除しない大阪自民は、「売国」の仲間なのではないか。

大阪自民はもう「売国」の仲間であり、「大阪維新の会」が保守になってしまった。

これでは保守票は、「大阪維新の会」の方に行かざるを得ない。

ーー

その結果が、府知事選は、票差100万票、市長選は、票差10万票の「大阪維新の会」の地滑り的勝利となった。

ーー

大阪自民の失敗は、「日本を取り戻す」という方針を大きく掲げて、「共産党や民主党」の売国勢力を排除しなかったことにある。

選挙に勝ちたいと思う余りに、「日本を取り戻す」という旗を不鮮明にした、その弱みを「売国」勢力に突かれた。

そして旧態の「なれ合い」に終始したため、保守系選挙民からも愛想を尽かされた。

ーー

国民は、「共産党や民主党」を心から嫌い始めている。

「大阪維新の会」はそのことをよく理解していて、選挙前に、我々は、民主党の残党を多く含む「維新の党」ではないと宣言している。

そして、分裂騒動を演じて、国民の前に脱「維新の党」を、明確に示した。

大阪自民が、この先も共産党や民主党と「なれ合い」のままであれば、来年の参議院選挙も、統一地方選挙も惨敗に終わる、と言う事だ。

ーー

つまり大阪では、大阪自民よりも大阪維新の方が、より「日本を取り戻す」方に近いとの印象を持たれているのだ。

しかし、「大阪維新の会」では、国政を左右することは出来ない。

国政に「日本を取り戻す」ためには、自民党に頑張ってもらわなければならない。

大阪が、「借金だらけで疲弊した」のは、長年の「なれ合い」が原因なのである。

大阪自民は、長年の「なれ合い」からの離脱を宣言するべきなのだ。

そうすれば、国政に「日本を取り戻したい」と思っている、保守系支持者も、戻っていくだろう。

2015/11/23(月) 17:49:53| URL| ナポレオン・ソロ #90LdKUd6

ーー

ーー以下「中韓を知りすぎた男ブログコメント欄」より抜粋編集qazx

最近気に入らないこと

ーー

まず橋下の維新が気に入らない。

維新とは日本人の常識では明治維新を指す。

幕藩体制(地方分権国家)だった日本は、薩摩、長州などが勝手に外交まで始めた。

このままでは、列強には勝てない、殖民地にされる、と

危機感を持った人々が、天皇に大政を奉還することによる、中央集権国家を実現し、富国強兵を目指した。

それが明治の維新だ。

現在の中央集権国家に対して、橋下が維新を名乗った時、胡散臭いと感じた。

これは、中央集権国家を解体して、幕藩体制(地方分権国家)に戻し、日本国を弱体化させるものだ、と悪意を感じたからだ。

ーー

同様に、無差別に友好を叫ぶのも気に入らない。

外国が自国の領土を侵犯しているのにその国と友好を唱える輩は売国奴だろう。

竹島や北方領土に軍事侵攻し占領下に置いている韓国やロシアは明確に日本の敵国なのだ。

ーー

またネット住人が、南朝鮮を使っていることも気に入らない。

西郷隆盛は、朝鮮征服とは言わなかった。

西郷は、三韓征伐を踏まえて、征韓と言ったのだ。

大韓帝国が、韓を使ったのは、日本の機嫌を取って気に入られようとしたからだ。

当時の朝鮮人たちは、西郷の征韓論も、古代の三韓征伐も知らなかったようだ。

つまり、「大」は清国からの独立、「韓」は日本への服従を意味した。

朝鮮と呼べば支那の、韓国と呼べば日本の属国という事だ。

ーー

更には、多くの人や政府が中国と呼ぶのが気に入らない。

日本は、華夷秩序外なのだから、中(center)の字を受け入れるべきではない。

特亜3国以外は漢字の国号を使わないのだから世界標準の英語音チャイナと呼ぶべきだろう。

ーー

まだあった。

原発で死んだものは居ないのに、飲酒、インフルエンザ、交通事故では死屍累々。

つまりビールは原発より危険なのだ。

国民が死亡する危険性を考えるなら、原発廃止前に禁酒だろう。

ーー

この様に教育現場が在日・反日勢力に牛耳られた結果、日本の教育では、敵を味方だと言うような真逆のことが教えられている。

この様な滑稽な世相には呆れるばかりだ。

2015/11/23(月) 22:59:18| URL| 本瀨 豊 #nLnvUwLc

投稿時刻 07:54 国内 | 個別ページ | コメント (2) | トラックバック (0)

2015年11月25日 (水)

国家とは言えない「支那」を動かしているもの

ーー以下「中韓を知りすぎた男ブログコメント欄」より抜粋編集qazx

英国対支那?

世界の影の支配層として「ユダヤ」が取り沙汰されます。

この場合の「ユダヤ」はイスラエルではなく、国際金融資本であって、通常は目に見えない。

・・・まあ、そこから様々な陰謀論が出てくるわけですけどね。

ーー

さて、「支那」なんですが、勝海舟などは清国を、満州人が支配する地域であり、欧州のような国民国家ではないと見ていました。

慧眼(けいがん、本質を見抜く眼力)です。

現在の共産支那とて、われわれが考えている国民国家ではなく、支那共産党が支配する地域と考えた方が分かり易いでしょう。

ーー

一方の英国も、その背後には国際金融資本が存在している。

英国という国家は、ぬいぐるみに過ぎず、ぬいぐるみの中には国際金融資本が居るというわけです。

つまり、英国と支那の関わりは、通常の国家の関係と捉えるよりも、国際金融資本と支那共産党との関係と捉えるべきなのです。

通常の国家対国家の関係だと捉えると本質が掴めなくなるのではないか・・・と思うわけです。

ーー

・・・で、「支那」、これは、現在は、支那共産党が支配している地域であります。

どんなに民族が入れ替わろうと、「支那」という地域が断絶することなく持続していく。

それは、国家と言う言葉では表現できない、つまり衰退するとか滅びるなどという視点では捉えきれない、鵺(ぬえ)のような存在でしょう。

ですから、「支那」を動かしているものは、国家意志ではない。

ーー

アジア社会基盤投資銀行AIIBだとか、支那共産党と習近平の運命だとか、あるいは南シナ海での動きとかは、「支那」を国家として捉えようとする試みにすぎない。

ーー

それでは、国家とは言えない「支那」を動かしているのは、何か。

表向きの「支那」という国家の背後に、ある興味深い動きが察知されるのです。

まことに静かに、支那人たちが金(ゴールド)を蓄積し続けている。

「支那」のGDPは虚偽、つまり分からないのですが、同様に金(ゴールド)の保有量も実態が掴みにくい。

ゴールド(単なるもの)蓄積の動きは、5年10年ではなく、もしかしたら100年ぐらいの計画に基づくものなのではないか・・・?

ーー

支那人が、信用するのは、ゴールド(単なるもの)だけではないのか?

国際金融資本が扱っているマネー(もの交換の道具)など支那人は決して信用しない。

だから英国(国際金融資本)が支那(共産党)に投資したマネー(もの交換の道具)が、ゴールド(単なるもの)に形を変えて蓄積される。

そしてこの動きが長期にわたって持続するならば・・・。

「英国(国際金融資本)が世界中から収奪して来た財宝が尽きてしまう」

財宝が尽きれば、ぬいぐるみは、粗大ゴミとして捨てられる・・・。

ーー

これはちょうど、明治維新前に、米国が、南北戦争で不要となった大量の武器を、日本の金(単なるもの)と交換し後に世界の覇者となったことに対応します。

その膨大なゴールドこそが、やがて、世界戦Ⅱ後のブレトンウッズ体制つまり金本位制世界経済体制を支えたのです。

ーー

日本は徳川時代を通じてあるいはそれ以前から金の産出量世界一の国であり、世界で唯一金本位制貨幣経済を運営していた。

その蓄えていた金量は、全世界に存在する金量の半分以上と言われています。

瞬く間に列強の仲間入りしたのは、日本人が、ゴールド(単なるもの)をマネー(もの交換の道具)として国家建設に使ったからであったのです。

ーー

「支那」を動かしているのは、このゴールドなのではないのか。

世界戦Ⅲ後を見据えた世界支配の姿は、かつてそうであったように、間違いなく、金本位制であろうからなのです。

しかし支那人は、ゴールドを果たして日本人のように、マネー(もの交換の道具)として(人民のため国家のために)使いこなせるかという疑問は残るのではありますが・・・。

英国対支那というのは、マネー対ゴールドの関係なのではないのか?

というコーヒーの飲み過ぎ「覚醒?」で、とんだ妄想を書いてしまいました。

心よりお詫びいたします。

2015/11/20(金) 19:12:14| URL| 宮 #-

投稿時刻 07:50 中共 | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年11月24日 (火)

まことに、朝鮮人たちの「卑劣」に付き合うのは、難しい

ーー以下「古田博司【正論】」より抜粋編集qazx

朝鮮人の行動を理解するためには、彼らの歴史を知る必要がある。

李朝には「●塞(とうそく)」(ごまかし・逃げ口上)があり、現在の朝鮮人たちも、それを民族の行動パターンとして濃厚に引き継いでいる。

つまり朝鮮人たちは、相手からの叱責を巧みにかわす方法を身に着けている。

ーー

満州族の清が馬をよこせといえば、分割払いにしてもらい、総頭数をごまかしたりする。

また婚姻するから良家の子女を送れといわれれば、こっそり酒場女を集めて送っている。

ーー

そして李朝は、満州族を「獣以下の野蛮人」だと徹底侮蔑する教育をし、清からの文化流入を悉(ことごと)く防いだ。

これは現在韓国が日本に対して採っている文化政策そのものである。

ーー

朝鮮人が、同情を買う時は、次の攻勢の準備をしているのである。

今から25年前、日本側は、盧泰愚大統領時に韓国の歴史教育の過度に反日的な側面を批判した。

すると、朝鮮人たちは、「韓国は負けてばかりの歴史です。今は少しだけ勇気を出せという歴史教育をしている。その過程で反日的な側面が出てくるのです。分かってください」と。

その低姿勢に同情し、われわれは矛を収めたものである。

ところがその後、金泳三大統領の「歴史の立て直し」政策が始まり、自尊史観と反日の暴走が始まったのだった。

ーー

韓国の従支は、今日、否定しようのない事実である。

しかし最近の報道によれば、日韓の国際会議で日本側が韓国の支那傾斜を指摘すると「事実ではないのでその言葉は使わないでほしい」といい、

「支那には苦汁をなめさせられた歴史を持っており、朝鮮人は、支那人には警戒心や恐怖心を持っている」という。

また、外務省の元高官が「韓国人には支那人から家畜のようなひどい扱いをされた屈辱感がある」と話すそうである。

ーー

しかし、これをまともに受け取って、韓国の従支を批判しないでいると、やがて朝鮮人たちは、「韓国を支那へと追いやったのは日本だ」と言いだすに違いないのである。

そしてこれを欧米支に広める。

ーー

まことに朝鮮人は、油断ならない人たちなのである。

朝鮮人が相手の時は、彼らの主張を聞き流し、こちらの主張を押し通すべきだということが分る。

それがとても難しいのだが・・・

朝鮮人のごまかしや逃げ口上は、誰もが騙されるほど巧みだからだ。

そして、こちらが朝鮮人の低姿勢に安心していると、いつの間にか攻勢に出てくる。

まことに、朝鮮人たちの「卑劣」に付き合うのは、難しい。

これは、日本人だけではなく、支那人も、ロシア人も苦手だと口にする。

ーー

現在韓国政府は、アメリカの促す高高度防衛ミサイル(THAAD)の設置を、引き延ばしている。

これを李朝時代では「遷延(せんえん)」策といった。

大国が難題を持ちかけるたびに臣下たちは「王様、遷延でよろしく」と願い出たものである。

引き延ばして状況が変わり、相手が諦めるのを待つのである。

ーー

同様に、韓国は、支那の南シナ海進出批判を引き延ばしている。

韓国政府は、韓民求国防相に東南アジア諸国連合(ASEAN)拡大国防相会議で航行の自由の保障を明言させた。

しかし韓民求国防相は、支那を批判することはなかった。

韓国は、支那主導のアジア社会基盤投資銀行(AIIB)に積極参加した。

そして、パク・クネ大統領は支那の抗日記念行事に出席し、軍事パレードの雛(ひな)壇で席次2位だったことを喜んだ。

ーー

パク・クネ大統領の行動からは、従支した方が、有利だと考えているように思える。

ただ従支をアメリカに非難されたくはない。

それで、日本に従支に追いやられたことにしたいようなのである。

ーー

一方、北朝鮮の核保有以来、半島での軍事力は北優位となっている。

哨戒艦「天安」沈没事件(2010年3月)

延坪島(ヨンピョンド)砲撃事件(同年11月)

で謝罪したのは、韓国であった。

11年6月1日、北朝鮮の国防委員会は、「北が謝罪したような折衷案を作ってくれと、南が非公開会議において金銭で懇請した」と暴露したのであった。

ーー

2015年8月、軍事境界線で地雷爆発事件が起きた。

北朝鮮は、「準戦時状態」を宣言し、南北高官による会談が開かれたが、韓国側の代表2人は北朝鮮シンパだった。

加えて協議の映像が青瓦台に中継された。

朝鮮日報は、8月24日、国家安保戦略研究院・劉性玉院長の、「事件のたびにケーブルテレビによるボス交渉が行われていた」という話を掲載した。

10月には盧武鉉時代の国家情報院の院長だった金万福氏が北との直通電話があったと発言した。

ーー

すなわち常に、南が一方的に北に譲歩を重ねているのである。

つまり、もう半島は、北によって統一されている。

そう考えれば、パク・クネの行動、従支や米軍に撤退しないように懇願しているのは、北を牽制するためであることが分る。

これが、統一戦争によって、今の生活を失いたくないという、気概のない韓国朝鮮人たちの意志なのである。

(筑波大大学院教授・古田博司)

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2015年11月23日 (月)

かたじけなさに涙こぼるる

ーー以下「ねずブログ」より抜粋編集qazx

伊勢神宮は、奈良時代に仏教とともに伝来した大陸文化の影響を受けず、日本の太古からの文化を今に伝えています。

もちろん西洋文化の影響もありません。

かつて西行法師(1118-1190)は、伊勢神宮に参拝して次のように詠んでいるのです。

何事のおはしますかは知らねども

かたじけなさに涙こぼるる

(どなたさまがいらっしゃるのか知りませんが、恐れ多くて、涙があふれ出て止まりません)

もちろん西行は、源氏の血を引く、つまり天皇の血を引く武士であり、「何事のおはしますか」を熟知していたはず。

なので、純粋に伊勢神宮の荘厳さに感動したのをこのように表現したのだと思います。

現在の日本人とて伊勢神宮に参拝すれば、西行と同様の感激を覚えるでしょう。

ーー

それでは、西洋人は、伊勢神宮を観て、どのように感じたのか。

岩波新書の赤本の中に、ブルーノ・タウト著『日本美の再発見』があります。

西洋建築というのは、ローマのゴシック様式のように、外壁を彫刻などで飾り立てることが定番でした。

それに対してタウトは、この著書で、日本建築を「最大の単純」であり、そのなかに「最大の芸術がある」と紹介します。

それが以後の西洋建築に「シンプル・モダン」という発想を与えるのです。

ーー

建築家であるタクトは、昭和8(1933)年5月、来日するとすぐに、京都郊外にある桂離宮を訪れています。

桂離宮は、江戸初期に後陽成天皇の弟の八条(のち桂)宮、智仁親王が造営した別荘です。

源氏物語になぞらえた回遊式庭園や、書院、茶屋を、タウトは、美しいと感じます。

「実に涙ぐましいまでに美しい・・・」

その後彼は、栃木県にある日光東照宮を訪れ両者を次のように比較しています。

「日光の大がかりな社寺の如きものなら世界にも沢山ある。それが桂離宮となるとまるで違ってくる。桂離宮は世界にも類例なきものである」

ーーそして伊勢神宮を観て、

「この国の最も高貴な国民的な聖所である伊勢神宮の形は、まだ支那の影響を蒙らなかった悠遠の時代に由来する。

構造、材料および構成は、この上なく簡素明澄である。一切は清純であり、それ故にまた限りなく美しい」

更に続けます。

ーー

「純真な形式、清新な材料、簡素の極致に達したな構造、これこそ伊勢神宮が日本人に対し、またわれわれに対して顕示するところである。

原始日本の文化は、伊勢神宮においてその極地に達した。

まことに伊勢神宮は絶対に日本的なものであり、日本においてさえこれ以上日本的なものはどこにもない。

ここに在るところのものは、真正の建築であって、たんなる工学技師の手になる建造物ではない」

ーー

「清楚な素木の社殿、やわらかな曲線の萱葺屋根、掘っ立て柱、反りのない軒・棟、天にむかって伸びる千木(ちぎ)、

日本がこれまで世界に与えた一切のものの源泉、あくまで独自な日本文化を開く鍵、完成した形ゆえに全世界の賛美する日本の根源・・・

それは外宮内宮および荒祭宮をもつ伊勢神宮である。

原日本文化は伊勢神宮において、その極地に達した」

ーー

「最大の単純のなかに、最大の芸術がある」

「日本固有の文化の精髄としての古典的天才的な創造建築を見た」と。

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2015年12月1日火曜日

韓国、「儒教の背信」ソウル市内で鉄パイプ振り回すデモ隊の本性 12月1日 勝又壽良

韓国、「儒教の背信」ソウル市内で鉄パイプ振り回すデモ隊の本性 12月1日 勝又壽良

鉄パイプのデモ隊?
『朝鮮日報』(11月16日付)は、社説で「大学入試日にソウル都心で過激デモ、首謀者には厳罰を」と論じた。

JIS+2D21「11月14日にソウル市中心部の光化門や市庁周辺などで行われた違法抗議集会『民衆総決起大会』には、警察推定で6万8000人、主催者側の推定で13万人が参加し、機動隊との衝突の末51人が連行された。機動隊は催涙弾や放水などでデモ隊による違法行進を阻止したが、その際に機動隊員113人とデモ隊29人が負傷し、農業関係者1人が重傷を負った。この日は12万人以上の受験生が大学入試の論述試験を受ける日だった。デモ隊は受験生や父兄が1年で最も重視する日を選び、過激な暴力デモでソウル都心を大混乱に陥れたのだ」。

東京で言えば、銀座や渋谷という繁華街であろう。そこで暴力デモを行い、11時間も交通マヒを引き起こすという騒ぎである。「社会騒乱」とも言える事件だ。純然たる「反対デモ」ではなく、飲酒しながら鉄パイプを振り回し、警察のバスには新聞紙に火をつけて投げ込むという暴徒の行為である。驚かされるのは、飲酒している事実である。

「14日午後5時ごろ、ソウル市議会前では雨がっぱを着て頭に赤い鉢巻きを締めた40〜50代とみられる男性たちが集まり、豚足やのり巻きなどをつまみに焼酎を酌み交わしていた。酒に酔ったある参加者は仲間たちの前で鉄パイプを振り回し、機動隊員を殴りつける格好をした。彼らの周りには空の焼酎の瓶、食べ残しの豚足の骨などが転がっていた。道の反対側にあるプレスセンター前では、最初からデモの参加者を当て込んだ屋台も店を開いていた。デモ参加者たちは屋台でスルメや焼き鳥、蚕のさなぎなど購入し、これらをつまみに焼酎を飲んでいた。夜10時ごろになると、酒に酔った参加者はろれつが回らない状態で『警察のガキども、道を空けろ。お前たちは民衆の杖(つえ)ではなく殺人警察野郎たちだ』などと叫んでいた」(『朝鮮日報』(11月16日付)。

 

とらさんのコメント

11月14日に大規模な反政府デモが行われて、警察車両などが破壊されるほどの大騒動になったのですが、日本のテレビには報道されていないようだ。新聞やネットにはニュースとしてあったのですが、テレビニュースとしては見た覚えがない。日本の報道では韓国に対する報道が歪んでいて、韓流などの芸能はNHKのニュースナインでもトップニュースになるのに、反政府デモなどは報道していないようだ。ユーチューブなどで動画を検索しても日本のテレビ報道は無くCSのKBSしか見られない。韓国の反政府デモがニュースとして価値が無いという判断なのか分かりませんが、中国の政治や経済などはニュースやワイドショーなどでもよく見ますが、韓国に関する政治や経済のニュースが極端に少ない。北朝鮮の報道の方が多いくらいで、韓国からのニュースは反日報道ばかりだ。中国や韓国は、日本の報道に極めて神経質であり、中国では日本からの報道が突然遮断されてテレビ画面が突然真っ黒になる事があるようだ。韓国では最近でも「帝国の慰安婦」を書いた韓国人の大学教授が在宅起訴されましたが、言論活動に対する政府からの弾圧が厳しい。産経新聞の記者も起訴されている。それくらいだから韓国に対する報道にはフィルターがかけられており、韓国の芸能報道は大々的なのに政治や経済の事は報道されない。韓国南部では日本の衛星放送も見られるから韓国に不都合な事は報道できない事情があるのだろう。そして反日デモなどは数十人でも大きく報道される。


このような報道が、韓国に対する嫌韓感情を高める元になっており、韓国への観光旅行などにも影響が現れている。反政府デモで11時間もソウルの中心部がデモ隊によって占拠されたのだから大ニュースなのに日本ではテレビのニュースにもならないとはおかしなことだ。

鈴木傾城の「ダークネス」メルマガ編 中東で起きている壊滅的な暴力の陰に潜む巨大な存在を見よ

(No.177)

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鈴木傾城の「ダークネス」メルマガ編

中東で起きている壊滅的な暴力の陰に潜む巨大な存在を見よ

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現在、中東で暴力が吹き荒れているが、ISISの資金源は石油の闇売りであると言われている。ISISは石油を盗削して、それをトルコに闇ルートで売り、トルコがそれを国際市場に流していたとされる。

これを暴露したのがロシアのプーチン大統領である。

2015年11月24日、トルコはロシアのスホイ24戦闘機を撃ち落とした。ロシアが石油施設やタンクローリーを片っ端から空爆で破壊するので、トルコの石油闇ビジネスが危機に瀕するようになったからだ。

2015年11月25日、プーチン大統領は次のように述べた。

「ISISは石油の密売から得られた数億ドル、あるいは数十億ドルという莫大な資金を有している」

そして、ロシアのマスコミが補足するように、その石油密売の黒幕は、トルコのエルドアン大統領の息子であるビラル・エルドアンが支配する石油会社「BMZ」が関わっていると詳細を発表した。

これにエルドアン大統領は激怒して、ロシアに「恥を知れ」「トルコはISISの石油と関わっていない」と激しく抗議した。


▼ ISISの陰にトルコ。そして、トルコの裏側にいる者
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しかし、そう言っている矢先に大統領の息子ビラル・エルドアンがISISの幹部とにこやかに会食している現場写真が出回ってエルドアン大統領は窮地に陥る。

その結果、2015年11月28日には、「今回の事件で、本当に悲しんでいる。起きなければ良かった」と一気にトーンダウンしていった。

ISISが大量の石油を売りさばき、それを備蓄し、国際市場に売るには、もちろんテロリスト単独ではできない。その裏には国家が絡んでいたのは明白だ。それがトルコであることを、ロシアのプーチン大統領は暴露した。

さらにロシアは、ISISに関わっているのがトルコだけでなく、他にもあることを示唆している。

トルコで石油を掌握しているのは国営石油企業TPAO(トルコ石油公社)である。この「TPAO」と提携関係を結んでいるのが、イギリスのロイヤル・ダッチ・シェルと、アメリカのエクソン・モービルである。

矢面に立っているのはトルコだが、このトルコの裏側にいるのが米英の巨大石油企業だ。石油業界を掌握しているのは、今でも「スーパーメジャー」と呼ばれる4つの企業である。

(米)エクソン・モービル
(米)シェブロン
(英)ロイヤル・ダッチ・シェル
(英)BP(ブリティッシュ・ペトロリアム)

エクソン・モービルとシェブロンは、ロックフェラー一族の石油企業、ロイヤル・ダッチ・シェルとBPはロスチャイルド一族の石油企業となる。

つまり、どういうことなのか?


▼ 否が応でも「スーパーメジャー」の標的になる
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ISISはシリア・イラク一帯を超暴力で石器時代にまで文明を退化させた。シリア・イラクの人々はインフラも崩壊し、仕事もなく、日常的に暴力が吹き荒れる地で崩壊した建物に潜んで生活している。

さらに、絶望してヨーロッパ方面に難民として溢れ出しているが、他国で福祉にすがって生きなければいけないわけで、言ってみれば極貧の流浪者である。

中東地域からはいくらでも石油が噴き出るので、本来であればシリアもイラクも豊かな国々となって、アメリカやヨーロッパの国民よりも豪奢で安楽な生活を送ってもおかしくなかったが、そうなっていない。

その理由は、石油や資源のある国は、「スーパーメジャー」が石油利権を奪うために、戦略的に国家混乱を引き起こしているからだとしか言いようがない。

石油のあるすべての国家は、否が応でも「スーパーメジャー」の標的になるのである。

サウジアラビアのように、スーパーメジャーに従順な一族は保護される。たとえば、サウジアラビアのサウド一族のように、徹底的にスーパーメジャーに従順な一族は安泰だ。

しかし、スーパーメジャーに反旗を翻すカダフィ大佐やサダム・フセインのような存在は存在そのものが排除される。

サダム・フセインもカダフィ大佐も石油を掌握した後、ドル通貨基軸からも離脱しようとユーロ決済での取引をするようになった。

しかし、そうやってアメリカやアメリカを支配するスーパーメジャーの支配下から逃れようとした人間は独裁者だろうが何だろうが、容赦なく叩き潰されるのである。

石油は現代文明を回す「血液」であり、私たちは石油で築かれた文明で生活している。逆に言えば、この石油を支配することによって「地球」そのものを支配することができるということになる。


▼ 中東で起きている破滅的な事件の本質とは?
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1990年代以降の人間の歴史は、そのまま石油の歴史だ。それは現代文明が石油によって成り立っているからだ。そして、その石油は、すでに石油は1990年代に「スーパーメジャー」4社ががっちりと掌握している。

台頭するようになった各国の政府系石油公社がスーパーメジャーのくびきから逃れようとすると、凄まじい力で叩き潰されていく。こうした状況は、あと数十年変わることなく続く。

スーパーメジャーというのは、歴史すらも変えていく恐ろしいほどのパワーを持ち合わせているのである。

ということは、これを投資家目線で見ると、どういうことになるのか。この歴史的事実からひとつ言えるのは、私たちが生きている限り、石油企業に投資していれば、死ぬまで安泰であるということだ。

たとえば、エクソン・モービルは、現在も地球上で4指に入る超巨大多国籍企業であり、浮き沈みの激しいIT企業を除くと、現代でも世界最大の企業であると言ってもいい。

アップルやグーグルが10年後にどうなっているのか誰も知らないが、エクソン・モービルは10年後もしっかりと生き残っているばかりか、さらに時価総額を膨らませているのも確実だ。

エクソン・モービルは配当性向は約43%で、33年も連続増配中であり、さらに自社株買いも続けており、長い目で見ると必ず株価は上昇する。

石油価格が下落したら、この会社も減益になって株価は下がっていくのだが、そんな浮き沈みはこの会社の歴史から見ると「些事」にすぎない。この会社に長期投資して損をするというのは「難しい」ほどだ。

私たちは、中東で起きている破滅的な事件で「暴力」に目を奪われてしまう。しかし、その物事の本質はそこではない。私たちは、中東で起きている壊滅的な暴力の陰に潜む、「スーパーメジャー」という巨大な存在を見なければならない。

ISISの資金源やトルコ政府の密売事件を見ても分かる通り、中東一帯で起きているのは、実際には「石油」を巡る経済的事件である。歴史の裏には石油がある。



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貧困、格差に、民族問題も絡んで、中国の暴動は巨大化する

中国はGDP(国内総生産)で見ると、とっくに日本を追い抜いており、アメリカに次いで世界第2位の規模になっている。ところが、このGDPを「一人あたりのGDP」に換算すると、一気に90位に落ちる。

人口が多いので、国のGDPが巨大でも一人あたりにすると、途端に貧しさが露呈する。実は中国では、1日1ドル程度の稼ぎしか得られない人たちが約4億人もいる。

約4億人と言えば、約13億人と言われている中国の人口の約30%にあたる。

中国はこの絶対貧困者の群れが今もそのまま放置されており、彼らの存在が激しい社会不安の源泉となっている。中国の暴動は年間で数十万件起きていると言われている。

習近平は、「中国の夢」というスローガンを掲げて、より経済成長への道を歩む決意を表明したが、それは今や「中国の悪夢」になりつつある。

大気汚染、食品偽造、国民弾圧、汚職、格差、情報封鎖。あまりにも多くの問題を抱えた中国社会は、そのすべてが末期症状となっているのだ。

中国共産党は、もう持たないかもしれない。


中国にも危険な空気が充満するようになっている


2015年9月18日、中国当局は中国新疆ウイグル自治区アクス地区で、反政府デモの関わっていたとして、洞窟に隠れていた「テロリスト」を火炎放射器で焼き殺すという事件を起こしている。これによって28人が死亡したとされる。

そのテロリストの中には11人の女性や子供が含まれていたとされるが、中国当局が女性や子供を火炎放射器で焼き殺すのだから尋常ではない。

この事件は中国のマスコミにも、ほとんどと言ってもいいほど取り上げられていない。取り上げたフランス人記者は、2015年11月29日、北京の中国外国人記者クラブで中国政府の息がかかった記者クラブや外務省から実名で個人攻撃をされている。

しかし、マスコミが隠蔽工作をしている事実は中国人にも広く知られている。中央政府に対する信頼もほぼ消え去っており、中国にも危険な空気が充満するようになってきている。

許容できないほどの不信が充満しているのだ。

膨大な数の国民が自発的に集まって激しい抗議の声を上げ、そのひとつひとつが中国共産党を追い込んでいる。これに対する中国共産党の答えは「弾圧」だ。

2013年に起きたウイグル族の天安門突入事件でも、これを契機にウイグル族をまたもや弾圧しており、これがまたウイグル族を激しい憎悪に駆り立てた。

貧困、格差に、民族問題も絡むのだから、こういった事態は行き着くところまで行き着くことになる。どこに向かうかは言うまでもない。

中央政府に向けての大規模抗議やテロである。

このまま中央政府が傍若無人に振る舞い続けるのであれば、より思い詰めるグループも出てくるし、抗議暴動も苛立ちが高じると、新しいテロを誘発していく。