2016年4月7日木曜日

パナマ文書。世界で大騒動になっている租税回避資料の衝撃

http://www.bllackz.com/?m=c&c=20160406T1808550900


貧困国パナマは欧米のタックスヘイブン(租税回避地)としても有名なのだが、このパナマにある法律事務所「モサック・フォンセカ」の金融取引の40年分の実態が大量流出している。

2014年に匿名の人物がドイツの新聞社に少しずつリークしていったものだが、今のところ、誰が、何のために、それをリークしたのか何も分かっていない。

法律事務所「モサック・フォンセカ」は、これを外部からのハッキングによる流出であると話しているのだが、一部では内部告発で漏洩したのではないかとも言われている。

何しろ、流出した情報は1150万件、総データ量は2.6テラバイトを超えるものであり、1970年代から行われたタックスヘイブンの金融取引の多くが網羅されていたのである。

ここには中国の習近平の親族から、韓国の盧泰愚大統領の親族、アナン元国連事務総長の親族、ウクライナのポロシェンコ大統領、イギリスのキャメロン首相の親族、パキスタンのシャリーフ首相の親族と、ことごとくその名前が含まれている。

さらに香港の映画スターであるジャッキー・チェン、インドの映画スターであるアミターブ・バッチャンやアイシュワリヤ・ライ、アルゼンチンのサッカー選手リオネル・メッシなども記載されている。

利用者は贈与税や相続税を逃れることが可能


もちろん、日本人で馴染みの名前も記載されている。たとえば、セコム創業者である飯田亮がこのオフショア法人に名義移転されていて税金逃れをしていた可能性が指摘されている。

また、直木賞作家の邱永漢とその子供たちの名前もそこに記載されていて贈与税、相続税などを逃れていた可能性が指摘されている。

邱永漢は台湾出身の中国系帰化日本人で2012年に亡くなっているが、配偶者は香港出身だ。邱永漢も晩年は香港を中心に活動しており、HSBC(香港上海銀行)にもアカウントを持っていることに以前、触れていたことがある。

このHSBCも、オフショア会社を2600社ほど立ち上げていたことが判明している。

ちなみに、タックスヘイブンで立ち上げられる会社というのはペーパーカンパニーであり、実態はない。ただ、その企業の所在地をタックスヘイブンにすることにより、税制がその所在地のものになる。

つまり、税金がまったくかからないか、もしくは税金が極度に安い場所に会社を作って、そこに送金することによって利用者は贈与税や相続税を逃れることが可能になる。

法律事務所である「モサック・フォンセカ」が行っていたのが、このペーパーカンパニーの設立と管理である。

だから、この法律事務所を利用していた個人や企業は、すべて課税逃れのためにペーパーカンパニーを作ったと言うことができる。

もちろん、こうしたオフショアの仕組みを利用するのは違法でも何でもない。だから贈与税や相続税を逃れたい人間たちの資金が大量にそこに流れ、その規模は2000兆円を超す規模になっていると言われている。

法律事務所「モサック・フォンセカ」は約24万件のペーパーカンパニーを設立したと言われているが、彼らは法律に則ってその設立を代行したのだ。

合法であるかもしれないが限りなく脱税に近い


では、この仕組みはまったく問題ないのか。

もちろん、そんなことはない。どこの国でも国は一般庶民に重税をかけて逃れられないようにしている。しかし、政治家や金持ちだけはその網からするりと抜けて事実上の税金逃れを行っているのであればそれは深刻な問題である。

多くの個人は、その国の税金から逃れることが不可能になっている。

それなのに特定の金持ちや特定の企業が税金逃れし、しかも場合によっては資産の隠蔽すらもできるとすれば、それはあまりにも不公平だ。やっていることがフェアではない。

合法であるかもしれないが限りなく脱税に近い。明確な脱税目的であれば、違法であるし、ましてここでマネーロンダリングが行われていたら、それは犯罪だ。

特に有力政治家がそれを行っていたのであれば、国民に酷税をかけて自分は逃れていたのだから万死に値する背徳行為であると言える。

アイスランドのグンロイグソン首相は2016年4月5日にこの資産隠しの疑惑が「パナマ文書」で明るみに出て辞任を表明している。

グンロイグソン首相はオフショア法人を所有していることを議会に隠蔽しており、明らかな資産隠蔽を計っていたことを釈明できなかった。

政治家で言えば、ロシアのプーチン大統領も、中国の習近平国家主席も親族を使ってタックスヘイブンのペーパーカンパニーに資産を隠蔽していることが発覚している。

習近平は中国国内で「汚職撲滅運動」を行っているが、自分自身を棚に上げて「汚職撲滅運動」を進めているわけで、いかに不誠実な指導者であるのか、ありありと分かる。

このため、「パナマ文書」が明るみに出た瞬間、中国政府はすぐに中国のインターネット環境から「パナマ」という言葉を情報規制して、一般国民にその実態が分からないようにしてしまった。

海外資産を持つ富裕層も逃れられなくなっていく


日本でも、400名近い個人やいくつかの企業がこのオフショア法人を設立している。

現在、分かっているだけでも以下の企業がペーパーカンパニーを設立していたことが分かっている。

バンダイ、大日本印刷、大和証券、ドリームインキュベータ、ドワンゴ、ファーストリテイリング、楽天ストラテジックパートナーズ、ジャフコ、JALリース、東京海上ホールディングス、石油資源開発、日本製紙、丸紅、三菱商事、商船三井、双日、オリックス、日本郵船、東洋フードサービス……。

「パナマ文書」に掲載され、ペーパーカンパニーを設立し、そこに資金を流していたという実態を株主に伝えず、資産隠蔽のために利用していたというのであれば悪質だ。

これらの企業は、何のためにそんなことをしていたのかステークホルダーに説明する義務がある。

この「パナマ文書」に乗っている日本人の「個人」はまだ精査されていない。

しかし、オフショア法人を設立して資産をそこに移動していたというのであれば、脱税に近い何らかの処理が行われていた疑惑を持たれるのは必至である。数百名の本名がそこに記載されているが、彼らの身元解明が急がれる。

すでにタックスヘイブンは、アメリカ政府も「税金逃れである」として厳しく処分を行っている分野である。

日本でも一時は香港のHSBCに口座を作って資産逃れをする動きもあったが、こうした手法は封じ込められるようになっている。

2018年から国税庁は40カ国超と連携して国外の口座を監視することを発表しており、海外資産を持つ富裕層も逃れられなくなっていく。

タックスヘイブンを経由する節税・脱税・マネーロンダリングは、これからは徐々に機能しなくなっていく。

2016年3月31日木曜日

シャープ買収の鴻海こそが支那共産党と戦っている

http://ironna.jp/article/2874?p=1

 しかし、私の期待はことごとく裏切られた。新しい製品をぶち上げるときのコンセプトは素晴らしい。しかし、それが毎回と言っていいほど長続きしない。だからこそ、客はシャープを見放した。

 結論から言えば、今回の鴻海による買収はシャープの自業自得である。そこにたまたま鴻海が現れた。それが現実だ。日本の家電メーカーはかつて優秀だったかもしれない。しかし、創業者が一線を退き、サラリーマン経営者が跋扈するようになって何かが変わってしまった。

 そもそも、戦後世界を席巻した日本の家電メーカーは、当時はみんなベンチャー企業だった。しかし、会社の経営が安定し、サラリーマン経営者が台頭すると、日本の家電メーカーの既得権の上に胡坐をかくようになった。彼らはリスクを取らない安全運転に終始する。さらに、不幸にしてこの時期に政府、日銀の失政によるデフレが重なってしまった。その結果、日本の家電メーカーの凋落は顕著になった。

 例えば、アメリカのアイロボット社が作ったお掃除ロボット「ルンバ」。なぜこの製品は最初に日本のメーカーから発売されなかったのか?パナソニックでは、とっくの昔に試作品が作られていたそうだ。ところが、「掃除ロボットが仏壇にぶつかり、ろうそくが倒れ、火事になる」とか、「階段から落下し、下にいる人にあたる」とか、「よちよち歩きの赤ちゃんの歩行を邪魔し転倒させる」といった小役人的な発想でこの企画は潰されてしまった。(※1)

 1980年代にウォークマンで世界を席巻したソニーが、どうしてiPodのような製品を作れなかったのだろうか? 当時の経営者にネットがわかる人が一人もいなかったからだ。(※2)そして、ソニーはいま保険でしか利益を上げられない金融会社に成り下がった。
 どの家電メーカーも、創業者が持っていたダイナミズムは、高学歴社員たちによって去勢されてしまった。彼らは保身のために安全運転を繰り返す。しかし、それは危険を避けているようで、却ってリスクを増大させる愚かな行為だった。シャープが経営不振に陥った理由もまさにこれである。だからこそ、私は今回の鴻海への身売りは自業自得であると考える。

2016年3月29日火曜日

明治初期の日本人の体力に驚いた欧米人 大嶋洋一

明治初期の日本人の体力に驚いた欧米人

 戦後のGHQの指令で実施された日本人の栄養調査では、日本人は体格を向上しなければならない、ということで「肉食を増やして、たんぱく質を増量すべき」と書かれているらしいが、以下の文献を読むと、これは全く事実に反するものであることが分かる。

以下、ドメス出版 食とからだ・こころ「医食同源」津金昌一郎著 からの引用です。
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 ドイツの医師で、明治時代、26年間にわたって日本で医学を教えていたエルヴィン・ベルツという人物がいる。彼の日記や手紙を息子のトクが編集した「ベルツの日記」は、明治時代初期の日本のようすが詳細に描写されていることでも有名である。
 このベルツは栄養学者でもあり、日本人の栄養についても論じている。彼を驚嘆させたのが、東京から110㎞離れた日光まで一人で走り切った人力車夫の持久力だった。ベルツ研究者、安井広氏の「ベルツの生涯」の「栄養論」の章にも以下の記述がある。(中略)

 日本人菜食者の車ひきについて労働能力も実験したところ、食品の化学分析からは計算できない労働能力があるとしている。
 ベルツは二人の車夫について実験をした。一定量の肉類を与えて従来の食品の炭水化物の一部を相当量のタンパク質で補った処、三日後にくたびれてよく走れないからもとの食事にかえてくれと言って来たという。
 もう一つの実験では、夏の夜、東京から日光までの間を、ベルツは馬車で、もう一方は人力車で出かけた。ベルツの方は馬を六回も交代させたのに、車夫の方は体重54kgの日本人を載せて夜六時から翌朝8時まで14時間、110kmを一人で走りとおしたのである。
 肉食は短時間激しい大きな力仕事をするのには向くが、反対に植物食品を多くとる長所は耐久力にあると考えるに至ったと言っている。

 ベルツと同じように明治初期に来日し、大森貝塚を発掘したことで有名な米国の動物学者エドワード・モースも、駅馬車と人力車を乗りついで行った日光への旅の帰途、「車夫たちは長休みもしないで、30マイル(約50㎞)を殆ど継続的に走った」と記し、野渡で舟に乗り東京までの60マイル(100km弱)、利根川を下ることになったときも、「舟夫の耐久力は、人力車夫の力と耐久力とに全く等しい。
 一例として、我々の舟夫は夜10時に漕ぎ始め、途中で一、二度休んだきりで、翌日の午後4時まで一睡もせず、また疲れたらしい様子も見せずに漕ぎ続けた」と「日本その日その日」に書いている。

 ちなみに、日本に初めてキリスト教を伝えたことで有名なフランシスコ・ザビエルも「日本では飼っている家畜を殺したり食べたりせず、時々魚を食べ、少量ですが米と麦とを食べています。彼らが食べる野菜はたくさんあり、少しですが幾種類かの果物もあります。この地の人びとは不思議なほど健康で、老人たちがたくさんいます」と述べている。

 欧米から日本にやってきた人たちは一様に、日本人の体力にたいへん驚いているのである。このことは、日本人の食養生を考えるひとつのヒントといえよう。



明治初期の日本人の体力に驚いた外国人(るいネット)より
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&t=6&k=2&m=282061

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 他にも外国人によるこのような見聞録は数多くあり、かつての日本人は粗食だったために現代人に比べてひ弱だったという説は誤りのようです。

 ちなみに、江戸時代に「一人前」の成人に期待されていたレベルは、
1.力石をかつげる
2.一定の面積の田を耕せる
3.神社にこもり、正座のまま夜を明かす
4.1日に10里(40キロ)を歩く
5.米2斗(30kg)を背負って7里(約28キロ)を歩く
だそうですが、体力だけでなく精神力(気力)も現代人に比べて勝れていたのかもしれませんね。



<関連>
太古の日本人は現代人以上の身体能力を有していた!?
http://kinosemika.blog134.fc2.com/blog-entry-2139.html

2016年3月10日木曜日

企業が生き残るために人々が犠牲になる社会が継続していく(ダークネス3月10日

東芝は2016年3月期決算で7100億円の連結最終赤字を見込んでいるのだが、この空前の赤字を前にして1万人のリストラを強行する。

歴代社長の失策で会社が存続の危機に陥っているとき、会社が生き延びるためにはリストラして身軽になるしかないと経営者は考える。

分かりやすく言うと、コストを削減するために「雇っている人を放り出す」しかない。そこで、企業はリストラに邁進する。

かつて日本企業は終身雇用だったのだが、もう名門である東芝でさえもリストラに走る時代になっているのである。シャープもまったく経営改善の見込みがなく、リストラを繰り返しながら、台湾の企業に買収されようとしている。

2015年に入ってからグローバル経済が失速し、特に中国の経済失速がひどい状況になっているのだが、これによって中国に深く関わってきた日本企業も同時に失速してリストラが拡大するようになっている。

「売上が減っていく以上、人を雇い続けることはできない。解決するためにはリストラするしかない」

そこで多くの企業が生き残りをかけて派遣労働者を切り捨て、それでもダメなら社員を切り捨てる。経営不振になれば、経営者はどんどんそうする。


個別に見ると正しいが、全体を見ると間違っている


これは一見正しい行為に見える。

しかし、すべての企業がそれをやり始めると、社会は失業者の嵐になっていく。そうすると、ますます物を買える人がいなくなって内需が縮小し、企業はさらに厳しい立場に追い込まれていく。

景気が悪くなったから従業員をどんどんリストラしていくというのは、企業として正しい行為に見えるのだが、全体を考えると状況をより悪化させていく。

現に、日本ではリストラされていく人々が増え、消費を控えるようになったために、イトーヨーカ堂を抱えるセブン&アイ・ホールディングスも、傘下のそごう・西武・イトーヨーカドー等の店舗を次々と閉鎖してリストラに走っている。

リストラが増えて内需が減少し、モノが売れなくなったので、玉突き状態のようにリストラが広がっているのである。

そうすると、政府も税収が減るのでさらに消費税を上げるしか方法がなくなり、それがさらに人々の消費を減退させ、よけいに景気が悪化して、リストラがもっと深刻化する。

東芝は自分が生き残るためにリストラしているのであって、全体を考えているわけではない。シャープもセブン&アイ・ホールディングスもそうだ。

一企業の戦略としてはリストラして身軽になるというのは、正しい戦略なのだが、全体を見るとそれが日本社会を追い詰めることになるので、結果的には自分に不利益が戻ってくる。

政府もわざわざ景気を悪化させるために消費税を取り入れたいわけではない。財政を健全化するためにそうしたいと考えている。しかし、それによって内需が縮小するのだから、結果的に政府の首を絞めることになる。

個別に見ると正しいことをしているのだが、全体を見ると間違った方向に突き進んでいるというのは、まさに典型的な「合成の誤謬」である。

外国人から見ると普通の会社ですらも「ブラック」


今の日本社会のみならず、全世界がグローバル化した中で陥っているのが、この「個別に見ると正しいが、全体を見ると間違っている」という状態だ。

資本主義は、いつの間にか人間を富ませるためのシステムではなく、企業を富ませるためのシステムに転換してしまった。人間よりも企業が生き延びることが優先されるようになったのだ。

そのため、そこで働く従業員は企業の都合によって「使い捨て」となり、企業が生き延びても、従業員は生き残れないという状況が発生する。

企業は自社の利益を重視するようになったので、儲かれば従業員に還元するという本来の姿は忘れられた。儲かれば会社の所有者である「株主」に還元して残りは内部留保するようになり、従業員には最低賃金しか払わないようになった。

それだけでなく、会社の利益を徹底的に高めるために、サービス残業をも強いるようになっていったのである。

こうした企業はブラック企業と言われるようになっていったのだが、日本企業の場合はもともとサービス残業を強いる土壌があって、外国人から見ると普通の会社ですらも「ブラック」である。

サービス残業をさせる土壌はそのままで、企業側は年功序列も終身雇用を捨てて会社の都合が悪くなれば容赦なくリストラしているのだから、日本企業で働く従業員は自分のことを自嘲して「社畜」と言っている。

かつては「社畜」になることでどんなに景気が悪くてもリストラされないという安心があった。しかし、今はどんなに自分を社畜化してもリストラは免れない。社畜になっても報われないのである。

このような不安定な状況の中では、誰もが将来に不安を感じて経済防衛に走ってもおかしくないわけで、こんな状況の中で内需拡大を目指してもうまくいくわけがない。

日本社会はこうした構造的な問題もある。これに少子高齢化という致命的な現象も重なっていくので、日本経済の将来はどんどん悲観的な状況になっている。

そして、人々の不満は募っていく。

企業中心の資本主義が覆ると決定したわけではない


企業中心の資本主義は、人間にとっては弱肉強食の資本主義でもある。

企業はどんどん富んでいき、その企業の頂点に立つステークホルダーである「株主」と「経営者」が企業と一緒に豊かになっていくことができる。

しかし、従業員にはその富が回ることはない。

そのため、社会はどんどん「1%の富裕層と99%の貧困層」に分離していくようになっていき、99%に落とされた層が大きな不満を持つようになる。

すでに超格差社会となったアメリカでは、こうした動きが選挙活動にも表れていて、ドナルド・トランプやバーニー・サンダースのような異色の候補が勝ち上がる番狂わせが起きている。

この番狂わせは、アメリカ国内に渦巻いている不満の表れであり、現在の資本主義に対する怒りでもある。企業中心の資本主義をこのまま突き進めると、アメリカではいずれ大規模な暴動が起きるのは目に見えている。

しかし、これはアメリカだけではないことに注意すべきだ。

全世界はグローバル経済に組み入れられ、この企業中心の資本主義がスタンダードとなっていったのだから、全世界で同じような動きが起きる。

もちろん、アメリカの格差社会の後を追っている日本も、いずれはアメリカと同じように、格差の下に落とされていく膨大な人々が社会に不満を表明し、世の中を動かすようになる可能性は高い。

ただし、アメリカでもまだドナルド・トランプやバーニー・サンダースのような異色が勝つと決まったわけではないし、今後、企業中心の資本主義が覆ると決定したわけでもない。

むしろ、逆に人間を次々と格差の下に落としていく資本主義が強化される可能性すらもある。

偽りの経済指標が重みを増し世界経済の先が読めない時代になった

ーー以下「頂門の一針、平井修一コラム」より抜粋編集qazx
ベテランのヘッジファンド経営者が「もうやってられない」と会社を畳ん でしまった。
ーー【ブルームバーグ1/12マーク・ギルバート氏のコラム】
「6400%リターンの運用者も白旗掲げた今の市場」
ウェブサイトに載っている1995年3月以降の投資成績最良の利益率は300%弱だ。
テーラー氏のファンドのそれは6400%余り。
しかしテーラー氏は先週、ファンドの閉鎖を決めた。
理由として挙げたの は、現在の不合理な市場環境と、それが相当期間続くとの見通しだ。
このような状況下では、満足のいく利益率の達成という目標を満たせないという。
ーー
テーラー氏はさまざまな投資の阻害要因を挙げる。
一つは、支那とイン ドの世界での重要性が増しているにもかかわらず、両国の経済指標の信頼性が低いこと。
また、コンピューターによる自動取引が市場を歪めていること。
ほか、ロシアや南アフリカ共和国などで国家主義が台頭してきており、政治が経済よりも優先される可能性があることだ。
ーー
つまり、市場の動きがが経済原則だけでは読めない状況が出てきており、それが投資家が耐えられる以上長期に及ぶ恐れがあるというのだ。
「私たちは、経済指標や企業財務を分析して予測し儲けるという作業を、もはや楽しむことが出来なくなった」
「市場は長期にわたり不合理であり続ける可能性が高く、その期間を破産せずに乗り切るのは無理だ」と。
ーー(ここまで抜粋)
支那やインドの経済指標は実体経済に基づいているものではない。
そんな経済指標は株価の予測には使えない。
偽りの経済指標が重みを増し世界経済の先が読めない時代になった。
まさに「博打場のような市場」だ。
乱高下は儲ける機会でもあるから、投資家の中には喜んでいる人も居るのかもしれない。

2016年2月26日金曜日

ダークネス2月26日グローバル化と同一賃金の組み合わせは、低賃金の固定化だ

日本でもいよいよ世界の労働条件と同じく、「同一労働同一賃金」を政府が経済界に要請する動きとなっている。

「同一労働同一賃金」とは、簡単に言うと「同じ仕事をしている人は、年齢や雇用形態に関わらず同じ賃金であるべきだ」というものである。

現在、正社員や高年齢の人の賃金が高く、非正規雇用者の賃金が極端に安くて、同じ仕事をしていても賃金の格差が歴然として存在する。それを是正するのが「同一労働同一賃金」だ。

これは安倍首相が提唱する「一億総活躍社会」の一貫として検討されているものである。

2016年2月23日にも国民会議が開かれて、安倍首相が自ら「我が国の雇用慣行には十分留意しつつ、躊躇なく法改正の準備を進めていく」と決意を表明している。

経済界も概ねこれを歓迎している。現在の日本の賃金体系をどのように変えていくのかという問題はある。しかし、「同一労働同一賃金」が今後日本に取り入れられる可能性はどんどん高まっていると言える。

これは「格差を少しでもなくしたい」という善意から来る動きである。悪意から来ているのではなく、善意から来ているものである。


正社員の賃金が、非正規雇用者の低い賃金に固定化


同じ仕事であれば同じ賃金であるべきというのはフェアなものである。日本が今までそうではなかったのは、年功序列というシステムがあったからだ。

年功序列というのは、若いうちは少ない賃金で年齢が高くなればなるほど賃金が上がっていくというものである。これは終身雇用とセットで取り入れられたものだ。

会社は「終身雇用で面倒を見るから、若いうちは賃金はあえて低く抑える。会社に貢献し続けてくれることによって賃金は必ず上げていく」というシステムで雇用者を囲い込んでいたのである。

しかし、終身雇用が崩壊した。そのため、年功序列による賃金格差が説明できないものになっていった。だから、終身雇用が崩壊して年功序列も意味がなくなったのであれば、「同一労働同一賃金」になるのは必然であると言える。

これによって、同一労働間の格差が消えて働く人はみんな同一賃金でフェアな社会になるというわけだ。

しかし、考えなければならないことがある。

「同一労働同一賃金」で、企業は賃金を高い方で統一するだろうか。それとも低い方で統一するだろうか。場合によっては正社員の賃金が非正規雇用者の低い賃金に固定化される可能性はないのだろうか……。

経済界は賃金の引き下げができる方向であれば、どんな施策であっても歓迎する。

今回の「同一労働同一賃金」で企業が賛同を表明しているという意味は、それによって賃金を引き下げることができるという計算があると見ることができる。

言うまでもなく、単純労働に類する仕事は必ず低い賃金の方で同一賃金に統一される。なぜなら、全世界が実際にそうなっているからである。

最低賃金にまで確実に給料が下げられていく社会へ


さらに考えなければならないのは、グローバル化である。社会がグローバル化して、企業も多国籍化しているのだから、「同一労働同一賃金」であれば、グローバルに賃金が統一化されていく流れになっていく。

それは、「誰でもできる簡単な仕事」「単純作業」「ルーチンワーク」が、途上国の賃金に合わせられるということを意味しているのである。

安い賃金でもそれをやるという人が現れたら、当然のことだが企業は安い賃金を基準にして「同一労働同一賃金」を設定して全員の賃金をそれにするのは間違いない。

途上国の人間が安い賃金でやっていて、仕事がそこにアウトソーシングできるのであれば、当然のことながら日本でもその仕事はその賃金になっていく。

日本の物価がどうであろうと関係ない。

極端な話だが、タイ人が日本人と同じ仕事ができて、彼らの月給が月3万円であれば、企業は彼らの賃金で「同一労働同一賃金」を実現しても不思議ではない。

日本人がどうしても、その仕事で働きたいのであれば、日本人の賃金も月給3万円に引き下げられる。中国人が月給1万円で同じ仕事をするのであれば、日本人の月給もまた1万円に引き下げられる。

もちろん、日本にも最低賃金というものが厚生労働省によって決められている。そのため月給が3万円というのはないと考えられる。

だとすれば逆に、最低賃金にまで確実に給料が下げられて賃金が一生上がらないという現象が起きてもおかしくないということでもある。

低賃金で働く途上国の人の賃金にフラット化する


果たして、企業はそんなことを考えるだろうか。そう思う人はユニクロ社長の柳井正氏の発言を思い出すといい。

すでにユニクロの柳井正氏は2013年からすでに「世界同一賃金」を提唱し、仕事のできない人間は「年収100万円も仕方ない」と言っていた。

柳井正氏は2013年4月23日の朝日新聞の紙面上でインタビューに答える形で次のように言っている。

「それはグローバル化の問題だ。10年前から社員にもいってきた。将来は、年収1億円か100万円に分かれて、中間層が減っていく。仕事を通じて付加価値がつけられないと、低賃金で働く途上国の人の賃金にフラット化するので、年収100万円のほうになっていくのは仕方がない」

高度化する職種や仕事に対応できず、付加価値が付けられない仕事、つまり「誰でもできる仕事」をしている人間は、途上国の賃金に合わせられて年収100万円になっていくと経営者が自分の口で堂々と語っているのである。

実際、ユニクロはそうやって賃金を下げるだけ下げて、付加価値(=サービス残業)を強制し、それについてこれない社員はどんどん辞めさせて社員の使い捨てを実現している。

同一賃金と、グローバル化が結びつくと、何が起きるのかというのは、ユニクロを見ていればすぐに分かるはずだ。

それは、賃金の低い方向で固定化されていき、能力が向上できなければ一生うだつが上がらないというものになる。

もちろん、現代社会に求められている高度な能力が要求される仕事においては賃金が大幅にアップする人も出てくるので、誰もが賃金低下で固定化されるわけではない。恩恵を得る人は必ずいる。

しかし、「同一労働同一賃金」によってむしろ追い詰められる人も増えるという暗部も知っておくべきだ。

「仕事を通じて付加価値がつけられないと、低賃金で働く途上国の人の賃金にフラット化するので、年収100万円のほうになっていくのは仕方がない」という言葉が「同一労働同一賃金」の未来になるかもしれない。

2016年1月30日土曜日

日銀のマイナス金利をネタに悪質な世論誘導をする朝日新聞

日銀のマイナス金利をネタに悪質な世論誘導をする朝日新聞

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2016年1月29日、日銀は金融政策決定会合の中でマイナス金利の導入を決定している。

2月16日から、民間の銀行が日銀に預けている資金から、日銀は0.1%の手数料を徴収することになる。

なぜ、日銀はこのようなことをしたのか。それは、民間の銀行が金を貯め込むのを強制的に減らし、その資金を貸し出しや投資に回させるという理由がある。

日銀がここまで思い切った手を打ってくるとは誰も思わなかったので、市場は大きく反応し、今年に入ってから続いていた円高は一気に反転して円安に転じた。

円安になると日本の株式市場も反応するので、日経平均も今までの下落基調から一気に転換していった。

実際には0.1%の手数料なので、効果が持続するのかどうかは分からないのだが、これは日銀が仕掛けたサプライズであり、その点では大きな成功を迎えたと言える。

もちろん、これは歓迎すべき動きであり、日銀の動きは日本経済に「効果があった」と言える。あとは安倍首相が消費税10%を延期すれば完璧であり、ここから政治がいかに機能するかが日本経済にとって勝負どころとなる。


日銀の勇断を叩き潰そうとしているのが朝日新聞


例によって日本が正しいことをするのが大嫌いな朝日新聞は、日銀のマイナス金利導入を「奇策」と評しているが、不安と懸念を仰いでいる。

しかし、マイナス金利の導入はすでに欧州中央銀行もやっているし、スウェーデン、スイス、デンマークも導入しているので奇策でも何でもない。

日銀総裁の黒田東彦氏はアニマル・スピリッツを持っている。国益のために戦う決意と胆力を持っている。

ところが、これをもっともらしく「憂慮」して、日本経済を冷やそうとしているのが朝日新聞である。

その記事は、マイナス金利導入に「追い込まれた」とか、「未知の政策に踏み込む」とか「効果は出るのか」と、失敗させようとする世論誘導でいっぱいだ。

もちろん、こうした日銀の決定がきちんと効果が出るかどうかはこれからの勝負である。だからこそ、これは注目すべき決定である。

しかし、目指している方向は、日米の経済動向の成長であって退化ではない。

そう言った意味で、この日銀のマイナス金利導入は非常に評価できるものであり、だからこそマーケットは反応してニューヨーク株式市場も株価上昇でそれに応えている。

何も結果が出ていないうちから効果を叩き潰そうとしているのが朝日新聞であり、逆に言えば「朝日新聞が反対しているから、それは良いことなのだ」とも言える。

そもそも、なぜ日銀がこのような手を打ったのか、その原因となる部分を朝日新聞は解説していない。朝日新聞が分からないのであれば、誰かが朝日新聞に教えるべきだ。

「それは、中国が悪いからだ」と……。

世界経済は、中国の混乱に巻き込まれている最中だ


中国は外資をどんどん呼び込んで、外資の資力と技術力を盗みながら成長してきた国である。

しかし、中国はそうして成長していくにつれて傲慢になり、膨張主義を取って周辺国を軍事的に圧迫し、他国を踏みにじるようになっていった。

国内は拝金主義が蔓延し、金持ちは賄賂まみれになり、中産階級は不動産転がしにうつつを抜かし、経営者はコスト削減のために大気汚染も土壌汚染も水汚染も放置した。

癌症村や大気汚染による肺癌患者が爆発的に増えるのを政府は情報隠蔽し、賄賂を払えば安全基準をも守らないで済む体質で、爆発事故や土砂災害があちこちで起きても、報道させないことで乗り切ろうとした。

技術がなければ基礎研究をするのではなく、政府が率先して全世界の企業にハッキングを仕掛けて情報を盗み取り、それを指摘されても知らないとそっぽを向く。

政府が出してくる統計数字はすべて嘘八百で、不動産転がしが2014年に行き詰まったら、今度は株式バブルを演出して経済成長している「フリ」を続ける。

こういった嘘と欺瞞と傲慢にまみれた中国の政策は、2015年6月にいよいよ株式バブル崩壊という形で噴き出した。

政府は暴落を「株を売らせない」「暴落を報道させない」という剛腕で乗り切ろうとしたが、2016年に入ってそれも効果がなくなって暴落に次ぐ暴落に見舞われている。

その結果、世界経済は中国の混乱に巻き込まれる形で、成長から混乱に向かっていったのである。

日本経済は2013年からアベノミクスが功を奏して円安と株高の両輪で復活していったが、これも中国の出鱈目な経済政策のせいで下落するようになっていた。

別に日本に何か起きたわけではない。また、アメリカに問題が起きているわけでもない。まして、ドルの権威が揺らいでいるわけでも何でもない。

揺らいでいるのは中国経済であり、元の価値である。現在起きている世界経済の変調のすべての元凶は中国のせいである。つまり、「中国が悪い」のである。

日本経済が復活しようとする闘志を冷笑する者


世界経済の成長が減速して混乱に向かう中で、日銀はマイナス金利を取り入れることで、日本経済の混乱を止めようと強い決意を見せた。

それがマイナス金利導入の意味だ。

この政策によって日本円はたちまち円安になったが、日本が円安になるということは、日本の輸出企業にとって競争力が維持されるということである。

これは、中国と韓国の企業にとっては良いニュースではない。

朝日新聞は、いまや中国・韓国・北朝鮮という特定アジアのプロパガンダ紙だと揶揄されている。それほど特定アジアに肩入れしているのが朝日新聞だ。

その朝日新聞が、日銀のマイナス金利導入を失敗させようと必死でネガティブ攻撃をしている理由がここにある。

マイナス金利導入で日本の円安・株高が維持されれば、日本を叩きのめそうとしている中国・韓国にとって良いことではないのである。

日本を復活させまいと画策する朝日新聞の姿勢は呆れるばかりだが、恐らく世論誘導は続き、これからマイナス金利導入が失敗するように執拗なネガティブ・キャンペーンを繰り広げることになるのだろう。

日本を破壊したい人間を365人くらい見つけて来て、1年間くらい朝から晩まで「失敗だ、失敗だ」と言い続ける。

日本経済が復活しようとする闘志(アニマル・スピリッツ)を冷笑し、それを叩きのめそうとするいつもの朝日新聞の世論誘導は非常に悪質だ。

マイナス金利導入を発表した後の円安・株高、そしてそれを引き継いだニューヨーク株式市場の株高を見ても分かる通り、日銀の行った今回の政策は、世界経済の混乱を食い止めるための大きな動きのひとつとなった。

おおよそ、株式市場にポジションを持つ日本人に、この日銀の決意を歓迎しない人間はいない。

2016年1月8日金曜日

http://melma.com/backnumber_108241_6310520/

汚名は必ず濯(そそ)がれると、堅く信じる人々の住む国



ーー以下「頂門の一針、加瀬英明コラム」より抜粋編集qazx
日本語には、一言では外国語に訳せない言葉が、沢山ある。
私(加瀬さん)の仕事は英語を使って海外の人たちと折衝することだ。
そこで日本語は英語の単語では表現できないものが多いと思う。
そう思うたびに、日本人に生まれてよかったと、深く満足する。
ーー
例えば日本人は、食事をはじめる時に「いただきます」といい、食べ終わると「御馳走さま」という。
私たちが「いただきます」「御馳走さま」と言う、その相手は、料理を作ってくれた人と食材を提供してくれた自然である。
そして料理人や、自然(神様)に感謝する。
だから、出された食事を残してはならない。
しかし、英語には、このような表現がないのである。
ーー
かつて米国の支配者たちは、WASP(白人、アングロサクソンプロテスタント)と称されていた。
彼らは敬虔なキリスト教徒であり、食前には、神に食事ができることを感謝する祈りを唱えたものだ。
今では、きまった言葉がないので、フランス語を借りて「ボナペティ」(よい食欲を)という。 
ーー
支那・朝鮮語にもこの「いただきます」「御馳走様」の言葉はない。
料理人や自然に感謝すると言う発想が無いのだ。
韓国語では「チャルモッケスムニダ」(これからよく食べます)、 「チャルモゴスムニダ」(よく食べました)だ。
北京語は「開始吃飯 (クアイスツーファン)」(これから食べます)、「好吃飯 了(ハオツーファンラ)」(よく食べました)という。
と彼らは説明するがその場面にはお目にかかったことが無い。
ーー
また心(こころ)も英語では表現出来る単語が無い。
親しい友人のヘンリー・ストークス氏にたずねた。
『ニューヨーク・タイムズ』や、『ロン ドン・タイムズ』などの東京支局長を歴任したジャーナリストだ。
滞日50年になる彼が、文面で回答をくれた。
ーー
「『こころ』を、英語でどのように訳したらよいか。
1語に訳す英語はない。
『欧米人には「こころ」がないのだ』と言われそうなのが癪なので、ずっと考えたが、思い当たらない」
ーーと。
『こころ』のような意味では、 『ハート』や『マインド』を使っている。
辞書で調べると、『ハート』や 『マインド』には、数多くの意味がある。
ーー
『マインド』は思考に近い。
頭で考える範疇で、そこから『アイディア』 が生まれてくる。
ほかに『マインド』には、『思考、感情、意志などの働 きをする』心、『理性を働かせる』知性、記憶や、考えなどの意味がある。
A strong (weak, clear, shallow) mind 『強い(弱い、明晰な、浅薄 な)心』という。
A sound mind in a sound body.『健全な精神は健全な 肉体に宿る』という格言もある。
ーー
『ハート』は解剖学的な心臓そのものだ。
心配ごとがあると、心臓の鼓動が乱れて、胸が苦し くなる。
My heart leaps up.(心が躍る)という表現もある。
My heart is full. というと、『胸がいっぱい』だ。
What the heart thinks, the mouth speaks. (心に思ったことは、口に出る) という諺は心に近い。
ーー
『和』という言葉も外国語にない
人々の間の「和」だが、この「和」も世界中で、日本にしかない。
この『和』という言葉も、ひと言で外国語に訳すことができない。 
ーー
『ハーモニーharmony』音や、行為、考え、感情などの調和、一致・・・が近いと、思われるだろう。
だが、『ハーモニー』は、参加している人々がそのように決めた結果として、もたらされるものだ。
一方日本人の『和』は、つねに日本人のこころのなかにあっ て、心からごく自然に涌きでるものなのだ。
ーー
私が所蔵している、全20巻の『日本国語大辞典』(小学館)には、「こころ」が頭についた言葉が、400近く載せられている。
「心相(こころあい)」「心有(こころある)」「心合(こころあ)わせ」「心意気(こころ いき)」「心一杯(こころいっぱい)」「心入(こころい)り」「心得(こころ え)」「心覚(こころおぼ)え」「心堅(こころかたし)」「心掛(こころが) け」「心構(こころがま)え」「心配(こころくば)り」「心化粧(こころげ しょう)」「心様(こころざま)」「心魂(こころだま)」「心盡(こころづ く)し」・・・。
ーー
heartは、三省堂の『最新コンサイス英和辞典』で、僅か26の熟語しか載っていない。
heartache(心痛)、heartbeat(心臓の鼓動)から、heartwood(材木の心材)までだ。
英語をはじめとするヨー ロッパ諸語では、「心」は動物の心臓に近いのだ。
ーー
また「お猫さん」「お猿さん」「トンボさん」「お寺さ ん」「新聞屋さん」「飲み屋さん」「御馳走様」「世間様」というよう に、あらゆるものに「さん」「様」の敬称をつけるのは、日本だけである。
日本人は、人間様だといって、威張ることがない。
ーー
そして様の付く言葉では、世間様という言葉がまた日本独特なのである。
私はよく祖母から、「そんなことをしたら、世間様に顔向けできません」「世間様に感謝しなさい」と、言い聞かされた。
商売のコツを聞かれた、近江商人が、「自分良し、相手良し、世間よし」と答えている。
世間様とは、この世間の事なのである。
商売のコツに、世間が登場するのは、日本だけだ。
諸外国では、せいぜい「自分良し、相手良し」止まりなのだ。
ーー
世間というものは、和から、自然に発するものなので、和がなければ、発想さえ不可能なのである。
ーー
私は地方を訪れるたびに、駅の構内に駅弁が並んでいるのに、見とれて しまう。
仙台駅の「炭焼牛タン弁当」
横川駅の釜に入った「峠の釜め し」
鎌倉駅の「かまくら旬彩弁当」
・・・駅弁は、日本中の主要な駅の数だけある。
ーー
美術館といえば、ロシアのサンクトペテルブルグのエルミ ター ジュと、パリのルーブルが有名だ。
駅弁は足を停めて、目で堪能するだけで、エルミタージュや、ルーブルを訪れるのと、同じ価値がある。
そう言えるほどに盛り付けが美しい。
日本は世界のなかで、美的感覚がもっとも突出した文化を持つ国だ。
これほどまで、美にこだわる国民は他にない。
外国人は弁当に、はじめて日本の浮世絵に出会った時と、同じような衝撃を受ける。
ーー
日本人が寡黙なのは、心を大切にし、心が美しいことを求めるからである。
日本人が、理屈を嫌ってきたのは、心の美しさは、言葉で説明すべきではないと考えているからだ。
私たちは、人物評価をするとき、心が美しいか、清いかということを、尺度とする。
言葉は少ないほうが心が美しい。
言葉は、心の美しさの邪魔になる。
ーー
言葉の機能は自分を表現すること、自己(エゴ、自分の欲求が正しい)弁護にある。
日本人は、外国人のように、理屈で、何が正しく、何が悪だときめつけることなどしてこなかったのだ。
つまり言葉は言い争って、相手を負かす道具である。
ーー
いま、中東を舞台として、イスラム教徒が、スンニとシーアに分かれて争そっている。
400年前には、キリスト教徒がカトリックとプロテスタントに分かれて人口を半減させるまで争そった。
私たちは、キリスト教徒やイスラム教徒が正義を振りかざして争そう姿に興ざめる。
ーー
キリスト教やイスラム教がユダヤ教から派生したように、共産教(共産主義)もユダヤ教から派生したものだ。
日本人は、共産主義者が、正義を振りかざして争そう姿にもまた興ざめている。
ーー
私たちの先人が、世界に類を見ない和の文化を培ってきたのは、素晴しいことだ。
古来から、日本では正義を主張することを、嫌ってきた。
私たちは和を大切にして、寡黙の内に、譲り合って生きてきたのだった。
正義を振りかざして、いがみあうのは美しくはない、とても醜(みにく)い、と日本人は感じてしまう。
ーー
「負けるが勝ち」という言葉も、日本にしかない。
この内容について説明すると、外国人には、怪訝(けげん)な顔をされる。
河野官房長官が、事実ではないことを認める談話を出した時、諸外国は日本が負けたと考えた。
日本以外の世界では、一度負けてしまったら、再び立ち上ることができない。
しかし「負け」と言われようとも日本人は、諍(いさか)いよりも、和を選んだのだった。
それは日本という国が、汚名は時が来れば必ず濯(そそ)がれる、と堅く信じる人々の住む国であるからだ。