2018年9月25日火曜日

私は、これを見て、「安倍退陣は、在日・反日勢力を陰で操って居るものからの圧力だ」と思いました 2018年9月25日 (火)縦椅子のブログ

私は、これを見て、「安倍退陣は、在日・反日勢力を陰で操って居るものからの圧力だ」と思いました 2018年9月25日 (火)縦椅子のブログ

私は、これを見て、「安倍退陣は、在日・反日勢力を陰で操って居るものからの圧力だ」と思いました
憲法改正についての当ブログ論客の議論を以下に抜粋編集してお目にかける。

ーーソロです。

日本国憲法は、占領軍が一週間で作り上げたものだということを、日本の支配層で知らぬものなどいなかった。
それがなぜ、「73年間も改正されなかったのか」?
ーー
一つは占領軍の事情、つまり早急に民衆政治による支配を確立しないと、連合国側で天皇を戦犯に問う議論が大勢を占めかねない。
天皇を戦犯にすれば、占領政策を実行することは不可能だった。
占領軍は、早急に、「日本に民衆政治democracyを実行させる」必要があった。
それが日本国憲法の中に天皇の存在を認めた理由である。
ーー
現行憲法は、占領下の日本に居る、300万人もの帰還兵の反乱から、米国兵士を護る為にも必要だった。
マッカーサーも、占領中の治安維持の為には、欠かせないもの、との認識だった。
ーー
もう一つが日本の事情。
日本人は天皇さえご無事で有れば必ず復興可能であると考えていた。
占領軍の人質のような状態だった陛下を一刻も早く救出する必要があった。
そのためにはどんな犠牲も払う覚悟を決めていた。
ーー
故に、占領軍に協力することで、敗戦利得者となった在日・反日勢力が、政財界、教育界、言論・メディア、法曹界を支配することを許してきたのだった。
ーー
1952年のSF条約締結で、占領状態が解消されたら、効力は自然消滅して、効力停止中の従来の欽定憲法が復活するのが当然の流れだった。
が、歴代政権は、占領軍が作り上げた「国軍不保持、交戦権放棄」の条文をもつ憲法を盾に、朝鮮戦争、ベトナム戦争への参戦を拒む。
これによって人的損失が防がれ、日本は経済発展を遂げ、いち早く先進国になれたのだった。
ーー
しかし「国軍不保持、交戦権放棄」の条文をもつ憲法では、自国を自分たちで守ることは不可能だ。
安倍さんは、就任前から、自民党の党是である、「憲法改正をやる」と公言していた。
2006年に、首相になった時点から、「北朝鮮・拉致被害者の奪還」のために、北朝鮮の日本での影響力を削ぐ施策を次々に放ち、半年で朝鮮総連はガタガタになった。
ーー
つまり、戦後在日・反日勢力による支配から日本を取り戻す行動に出たのだ。
ーー
米国下院議会は、2006年、70年以上も前の「慰安婦問題」に関して、「当時の日本の人権侵害行為に関する非難決議」を可決した。
訪米した安倍氏にそれを提示した。
すると安倍氏は、「この件に関しては、此方でも精査しましたが、軍に拠る関与は無かったと、判定しました」と主張。
これに対し、米メディアは、「安倍は歴史修正主義者だ」と、報じた。
ーー
安倍氏が帰国すると、日本メディアは一斉に「安倍降ろし」を始めた。
このことから日本メディアが、在日・反日勢力によって支配されていることがわかる。
私は、これを見て、「安倍退陣は、在日・反日勢力を陰で操って居るものからの圧力だ」と思いました。
ーー
2012年6月にロックフェラーが、国際金融資本内で、反乱罪の判定を受け、除名・追放された。
すると安倍さんに再登板の話が来て、10月の総裁選で石破茂を下し、12月の衆院総選挙で大勝し、第二次安倍政権が発足した。
それで私は、日本の自立を邪魔して居たのはロックフェラーだったと確信しました。
ーー
安倍政権になった途端、日本経済は、V字回復を果たしました。
この先、日本は米国勢力との関係をこじらせない限り、米国とともに栄え続けるでしょう。
ーー
今まで「替えられなかった」憲法が、「替えられるもの」になった。
ただ、73年間ものあいだ、護憲を主張して来た在日・反日勢力、つまり日本を自衛できない状態のままにしてきた勢力との対決が残されている。
ーー
彼らは、言論・メディアを支配することで、国民を洗脳できたからこそ、その支配者としての地位を維持できたのです。
ーー
この状況がネット環境の出現によって破られた。
つまり、在日・反日勢力が支配してきた言論・メディアは、もう日本国民を洗脳することが不可能となった。
日本国民が事実を知ったうえで、在日・反日勢力を支持するとは考えられない状況が出現しているのです。
ーー
ーーポッポです。
日本国憲法は、「国軍不保持、交戦権放棄」の内容を持ち、国民が自分たちで自衛できない国であることを、認めている内容になっている。
こんな憲法を、自らの手で作る民族など、どこにもいないでしょう。
ーー
そんな憲法を、日本は連合国と講和した後も守り続けている。
その理由の一つは、講和条約締結時の1952年には、朝鮮戦争中であり、1953年に停戦となったものの終わってはいなかった。
日本が参加を求められるかもしれない状況が考えられた。
時の政権は、連合国軍が作り日本に強制した日本国憲法を盾に参加できないとした。
ーー
それに憲法改正に必要な国民投票の法律も、安倍首相が第一次安倍内閣で制定するまでなかった。
ーー

この「国軍不保持、交戦権放棄」の憲法である限り、北朝鮮正規兵に国民を拉致されたり、竹島や尖閣諸島を侵略されても対処できない。
国民と領土を守ることを拒否した憲法の恐ろしさを考えなければならないと思います。
ーー
ーーソロです。
先帝陛下が、終戦のご詔勅の中で、触れられて居る様に、米国を始めとする、連合国軍は、本気で日本民族を全滅、皆殺しにするつもりで居たのです。
国際共産主義者組織(コミンテルン)のFDR、その元締めのスターリン、それにチャーチル。
ヤルタ会談のメンバーを見れば、世界戦2は、共産主義の覇権を確立するための一環として行われたことがわかる。
ーー
この3人の中で、天皇の処刑に消極的なのは、チャーチルだけです。
立憲君主国の良さを知って居るのは、連合国軍の中では、英国とオランダだけなのです。
が、オランダは、天皇の処刑に、寧ろ、前のめりでした。
ーー
で、結局オランダは、植民地だったインドネシアに独立され、世界の強国から欧州の小国になった。
ーー
戦後の日本の立場は、主権を失った敗戦国であり、占領軍による占領政策で役人を20万人も追放され、言論・メディアを支配された。
このような状況で、日本は、むしろ良く持ち堪えたと評価して居ます。
ーー
ーーポッポです。
終戦時のポツダム宣言でも、日本が唯一の条件としたのは「天皇を戦犯にしないこと」でした。
日本人は天皇の事を忘れなかった。
ーー
チャーチルは日本を戦争に巻き込んだ張本人の一人です。
チャーチルはドイツとの戦争では苦戦しており、米国を戦争に参加させたかった。
そのためには、日本に真珠湾攻撃をさせ、米国世論を参戦に変える必要があった。
ーー
日本参戦が明らかとなるや、イギリスもまた日本を攻撃するとして、英国東洋艦隊をアジアに派遣したのです。
しかしマレー沖海戦で、日本の連合艦隊によって、最新艦のプリンス・オブ・ウエールズとレパルス2隻を撃沈され、アジアでの威信を喪失してしまう。
これは、チャーチルにとって、信じられない出来事だったでありましょう。
ーー
その後もシンガポールを日本に占領され、さらにはビルマにも進出されている。
日本を憎く思ったはずです。
ーー
そのチャーチルが、終戦後には天皇を守ろうとしたのなら、ありがたいことだったと思います。
(日本との激戦を経験して、天皇を戦犯にすると占領政策が遂行できないと考えたものと思われる)
ーー
今上天皇が即位されたときに、国民に向かわれ「皆さん」と言われて嬉しかったことを覚えています。

一国民として天皇から大御宝(おおみたから)と呼ばれるべく、努力しなければならないと思っています。

「石破善戦」と「進次郎・石破支持」を喧伝する異常。 2018年09月22日大和心への回帰

262.「石破善戦」と「進次郎・石破支持」を喧伝する異常。
2018年09月22日
一騎討ちでダブルスコアの勝利となれば「圧勝」であることは歴然としている。
反日メディアは「石破善戦」と「小泉進次郎・石破支持」をやたら取り上げ「安倍圧勝」を認めたくないようだ。

自民党総裁選の長い歴史のなかで、反日メディアや反日野党から、総理を嘱望された総裁候補というのは聞いたことがない。
小泉進次郎が投票直前に「石破支持」を表明したことを、恰も大ニュースの如く取り上げていたのは異常だが、「支持表明がもう少し早かったら、逆転していたかも知れない」という大新聞や自称政治評論家にいたっては、もはや妄言の領域であると言わざるを得ない。

石破善戦というが、勝負は戦前からついていたとは言うものの、「自民党総裁選と謂えども事実上の日本国総理選択選挙だ。世論が反映していない。」などというのは、「解散の大義がない」と焦りで騒ぎ立てた野党に対して、かつてこのブログで「そもそも解散に大義はいるのか」と反論したが、これと同レベルの願望論に過ぎない。

衆院選で選ばれた与党第一党の党首が、内閣総理大臣に就任するというのが恒例であり、総選挙で選ばれた与党であることは、歴然たる世論である。
これを世論が反映していないというならば、議会制民主主義の否定であり、嫌なら憲法を改正すればいい。

議員票の2割にも満たない得票率はいうに及ばす、党員票45%とは言うものの、都道府県別で石破が勝ったのは47都道府県中僅か10県である。
これで3年後のポスト安倍の有資格者となった、との論調が多い。果たしてそうか。
むしろ石破茂や小泉進次郎が、前代未聞の反日勢力からポスト安倍を嘱望され、迎合されるという異常現象自体、将来の日本国を託す宰相人材としては、不適格といえるのではないか。

昨年、三期連続九年の総裁任期に党則を改正し、安倍総理が来年の11月には総理在任最長記録を更新し、三年間全うすればおそらくこの記録は永久に破られないであろう。
それもこれも、全ては安倍総理でしかなし得ないであろう、憲法改正を始めとする戦後レジームからの脱却、戦後日本国家弱体化を推進した特亜傀儡反日勢力を一掃し、真の日本再生を実現するために与えられた時間である。

最後の三年である。
方向を一にする盟友・麻生氏、菅氏を軸に禊を終えた甘利氏を加えた愛国カルテットで、思う存分やりきってもらいたい。
石破や小泉進次郎では、真の日本再生は実現できない。


posted by ryosakuta at 04:16Comment(2)安倍総理

子役を利用?百田尚樹激怒のヤラセ番組(藤井厳喜9月25日メルマガ)

「日本はアメリカのご機嫌取り
 ばかりに見えるのはなぜ?
 トランプさんが校長先生で
 安倍さんが担任の先生みたいな
 身分が違うように見えてきちゃいました」

そう子供が質問すると、
池上彰さんは
「すごいよね、子供はね。」
と感心しながら
この質問に答えていきました、、、

これは今月7日
「池上彰×子供×ニュース
 痛快ギモンに大人も納得SP」
というフジテレビの番組での一幕です。
番組では、
安倍総理や政治家を
批判するような内容も
数多く流されていました。

しかし、後日
衝撃の事実が明らかになります、、、
それは、この質問をしていた子供が
一般の子供ではなく、
プロダクションの子役
だったのです、、、

これはつまり、
あらかじめ大人が用意した
「台本」があり、
それを子役が「演じさせられた」
可能性が大いにあるということです、、、
この一連の疑惑に対し、
作家の百田尚樹さんは
SNSで次のように発言しました。
------------------------
観た!
めちゃくちゃ、気持ち悪い!!
吐き気がする番組!
子役に台本を喋らせて、ヤラセのイメージ操作。
テレビ局はここまでするようになったのか…
サンデーモーニングの方がまだ堂々としている分、ましな気がしてくる。
この番組を企画した奴を殴りたい!!
------------------------
百田さんの口の悪さも
かなりですが(笑)

それでも、
子供を利用してまで
政権批判をするという
手口にはさすがに
違和感を覚えてしまいますよね・・・?
しかも、この番組の提供は
なぜか朝日新聞でした、、、
これは果たして偶然なのでしょうか・・・?
あなたも薄々
気がついているかもしれませんが
このような事件は、近年のメディアでは
残念ながら珍しくありません。
例えば、、、
ある新聞社は、北朝鮮のことを
「この世の楽園」と報じ、
同じ日本国民が拉致されたにも関わらず
ほとんど批判はしませんでした。

また、この新聞社は
女性の人権擁護に熱心で
「従軍慰安婦報道」をでっち上げたわけですが、
その一方で、満洲や朝鮮半島から
戦後に引き上げてきた女性たちが
ソ連兵や中国人、朝鮮人に
レイプされたことは大きく報じませんでした…

でもあなたも一度は
こんな疑問を抱いたことが
あるかもしれません。
「なぜ同じ日本人が
 日本のことを悪く言うんだろう」
産経新聞「正論」元編集長で、
マスコミを裏の裏まで知り尽くす
ジャーナリストの上島嘉郎氏は、
これについて、

「GHQによる日本人の
 思考改造と精神破壊の結果」
だと言います。

一体どういうことなのか・・・?
日本人が知らない洗脳の
詳細なメカニズムを
暴いたのが
「反日メディアの正体
 ~戦後日本に埋め込まれた”GHQ洗脳装置”の闇」
です。
>詳しくはこちらからご確認ください、、、
ー月刊三橋事務局

PS
百田尚樹さんと長年懇意の
産経新聞「正論」元編集長
上島嘉郎による新刊が
発売されました。
そのタイトルは
「反日メディアの正体

 ~戦後日本に埋め込まれた“GHQ洗脳装置”の闇」

2018年9月22日土曜日

海軍歴史の謎 なぜ「大和」はレイテ湾に背を向け北上したか

海軍歴史の謎 なぜ「大和」はレイテ湾に背を向け北上したか
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180815-00000010-pseven-life&p=1

 戦艦「大和」の「副砲長」の任に就いていた深井俊之助氏は、大正3年生まれの104歳。部屋の中を杖もつかずに歩き、座る姿勢は背筋がピンと伸び、驚くべき記憶力で理路整然と語る。

 深井氏は戦前、海軍の通信技術者だった父親の影響から海軍兵学校に入り、終戦まで戦艦乗組員として活動した。そして、いくつかの艦を乗り継ぎ、昭和19年3月、少佐として世界最大と謳われた戦艦「大和」の副砲長を命じられた。

「昭和19年10月25日の朝、フィリピンのレイテ島に向かう途上で米空母部隊を発見し、戦闘になったとき、駆逐艦が突進してきて煙幕を張り始めた。こういう補助艦艇をつぶして、目標が見えるようにするのが私の仕事でした」(深井氏、以下「」内同)

 レイテ島は南方からの石油の中継地で、昭和19年10月に米軍は上陸を開始していた。レイテ湾の攻略では、小澤治三郎中将が指揮する囮艦隊が、ハルゼー提督の米空母部隊を外洋におびき出し、その隙に「大和」を含む栗田健男中将が指揮する艦隊が南下してレイテ湾に突入する作戦だった。

「囮艦隊の陽動が成功し、ハルゼーの空母部隊は囮艦隊の背後に日本の有力艦隊がいると誤認し、全軍で追いかけていた。わが艦隊は10月25日の昼にはレイテ湾まで1時間半の距離に近づいたのです。

 ところが、ここで『大和』は反転し、レイテ湾に背を向けて北上しはじめたんですね。これは海軍の歴史でも“最大の謎”とされている事件です。私は艦橋に行き、上官に『なぜ北進を続けているのですか?』と問い糾したんですが、『若い者は黙っておれ!』と追い出された。

 私はこの作戦に勝機は十分あると考えていました。「大和」の主砲は60cm厚の防御鋼板で覆われ、船体には浮力をつけるバルジも設置されていた。だから、レイテ湾内で座礁させても、他の艦と違って傾いたりしないんです。傾くと主砲を撃てなくなりますが、『大和』なら撃てた。

 座礁させれば米艦載機から猛爆を受け、我々は吹っ飛ばされ生きていないけど、『大和』の主砲は防御鋼板で守られ、艦載機に積める程度の爆弾では破れない。『大和』には世界一の主砲があったからこそ、この作戦には勝機があった。

 海岸にうろうろしていた6万~7万人の上陸部隊に撃ち込んで、運搬船も沈めてしまえば、上陸軍は孤立し、補給を絶たれ、白旗を揚げて終わりですよ。これだけの数の捕虜カードをもって停戦協定に臨めば、有利な停戦に持ち込める。私はそこまで考えていた。『大和』にはそれを実現する力があったのに、試さずに逃げ帰ったのが今でも悔しいんですよ。私は上官に楯突いたことへの懲罰人事で、レイテからの帰国後、『大和』を降ろされました」(深井氏)

 その後「大和」は鹿児島・坊ノ岬沖で撃沈され、乗員2740人が戦死した。

「日本は戦って負けたけれども、戦ったおかげで、米、英、蘭に植民地支配され、奴隷にされていたアジアの国々が独立できたんです。

 私は少尉だったころ、ロサンゼルスに油を積みに行ったことがありますが、レストランに入ろうとしたら入店を断られたんです。『ホワイトオンリー』と書いてあった。軍服を着た海軍士官でも『イエローはダメだ。チャイニーズタウンに行け』と。アジア人に対する差別が厳然とあった。


 あのとき戦ったから、差別をなくすことができたんです。その意味で、世界に貢献したという気持ちは、今でもあります」(深井氏)

帝国陸軍は愚かで非合理だからアメリカと戦争したのか?

帝国陸軍は愚かで非合理だからアメリカと戦争したのか?
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180816-00010002-wedge-soci


8月や、6日、9日、15日」という詠み人知らずの歌がある。広島に原爆が落とされた86日、続いて9日に長崎、そして15日無条件降伏(ポツダム宣言の受諾)である。
帝国陸軍は愚かで非合理だからアメリカと戦争したのか?

『経済学者たちの日米開戦 秋丸機関「幻の報告書」の謎を解く』(新潮選書)。牧野邦昭。1977年生まれ。東京大学経済学部卒業。京都大学大学院経済学研究科博士後期課程修了。博士(経済学)。現在、摂南大学経済学部准教授。専攻は近代日本経済思想史。

 815日には、陸海軍を中心に戦争時の資料が大量に焼かれた。今でも「大本営発表」というと悪い意味で使われるように、戦時中は負けているにもかかわらず、勝っているような発表がされ、負けてしまえば、責任逃れのために資料を焼いた(公文書を粗末に扱うという官僚の悪弊は今にも引き継がれているということだろうか……)。

 このように昭和の軍部、特に帝国陸軍は、非合理主義で、極端な精神主義に走った組織という認識が一般的だ。

 ところがそんな陸軍が、開戦前に日本を含め、アメリカ、イギリス、ドイツなどの主要国の「経済抗戦力」について調査を行っていたという。陸軍主計中佐・秋丸次朗をリーダーとして調査組織を設置した(通称「秋丸機関」)。

 秋丸機関の調査によって、日米の経済力の差は「201」にもおよぶことが判明した。そして、この報告書は陸軍にとって都合の悪いものであるために「焼却処分」された――。

 非合理な陸軍だから、さもありなんということで、戦後長らくこの通説が信じられてきた。

 しかし、これについて「本当だろうか?」と、問題提起をしたのが『経済学者たちの日米開戦 秋丸機関「幻の報告書」の謎を解く』(新潮選書)を上梓した、牧野邦昭摂南大学経済学部准教授だ。

「通説」打破への突破口となったのは、牧野氏がネット上のデータベースに、焼却処分されたはずの秋丸機関の報告書がいくつか残っていることを発見したことだ。

2008年、京大の院生のときに、京都府立図書館のデータベース(OPAC)で、秋丸機関の別称である『陸軍省主計課別班』を検索してみました。すると、関連資料が出てきたのです。その後、京大、東大などの図書館のデータベースにも資料があることが確認できました」

 秋丸機関の研究員の一人で、「(秋丸機関の)報告書は陸軍の意向に沿わないので、焼却処分された」と発言していた有沢広巳・東京大学経済学部教授が1989年に亡くなり、その蔵書が遺品として東大経済学部図書館に寄贈された際、その中から報告書の一部である『英米合作経済抗戦力調査』(其一)が見つかったことは既に知られていた。

 しかしそれ以外の資料はほとんど見つかっていなかったが、牧野氏は多くの秋丸機関の資料をネット上のデータベースで発見する。

2013年にはGoogle Booksで秋丸の発言が掲載された報告書を見つけました。そして、(国立情報学研究所が運営し、全国の大学の蔵書などを調べることができる)CiNii(サイニイ)Booksで、『独逸経済抗戦力調査』が静岡大学図書館にあること発見しました」

 さらに牧野氏は、『英米合作経済抗戦力調査』(其二)を、古書データベース「日本の古本屋」で発見し、購入した(その後、東大経済学部資料室に寄贈)。

「こうした発見ができたのは、情報がデータ化されたからです。今後は、AI(人工知能)が、新しい資料を発見するということも起きてくるかもしれません」

 焼却処分されたというものがなぜあるのか? 牧野氏の疑問は深まった。しかし、報告書の内容を読み込んでいくと、英米の経済抗戦力の大きさを示してはいるが、全体としては、当時の論壇や政府機関、シンクタンクで言われていることと変わらない内容だった。そして、当時の雑誌などに、秋丸機関の研究員が報告書と同様の内容を執筆、発言していることが分かった。

 では、秋丸機関の「報告書」の内容とはどのようなものなのか。

勝ち目が少ないことを指摘していた報告書

 マクロ分析された『英米合作経済抗戦力調査』(1)では、

・英米が合作すれば、米国の供給で英国の供給不足を補うことができる。
・英米の合作は、第三国に対して70億ドル余りの軍需資材の供給能力になる。
・ただし、最大の供給能力の発揮には開戦後1年~1年半の時間が必要。
・英国船舶の月平均50万トン以上の撃沈は、米国の対英援助を無効にする。

 ミクロ分析された『英米』(2)では、

・英国の弱点として、島国であるために食料や資源を遠隔地から船舶で輸送しなければならない。

『独逸経済抗戦力調査』では、

・ドイツの経済抗戦力は1941年がピークで、その後低下する。
・英米長期戦に頼るにはソ連の生産能力を利用しなければならない。
・食料不足が表面化しており、ウクライナからの供給が必要。
・石油も不足しており、ルーマニアからの供給だけでは足りず、ソ連のバクー油田からの供給が必要。

 しかし、ドイツがソ連の各種能力を利用するには、ソ連との決戦を短期で終了させる必要があり、長期化した場合は、「対英米長期戦遂行は全く不可能」となると、悲観的に述べられている。

 これに加えて、日本が行動すべき指針も示している。

「東亜」は欧州に不足しているタングステン、錫、ゴムなどを供給することができるため、日本はシンガポールを占領し、インド洋連絡を行う必要がある。
独ソ開戦以降、ソ連と英米の提携が強化されるため、日本は包囲網突破の道を南に求めるべし。
北における消耗戦を避け、南において生産戦争、資源戦争を遂行すべし。

 報告書全体としての結論をまとめると、「長期戦になればアメリカの経済動員力により日本もドイツも勝利の機会はない」、ただし「独ソ戦が短期で終われば、イギリスには勝てるかもしれない」というものだ。そして、日本がなすべきこととしては、「北進(対ソ戦)」ではなく、資源獲得のチャンスがある「南進(対英米)」すべきとされた。

 こうした情報は当時、機密でもなんでもなかったのである。むしろ「常識」とも言えるものだった。それにもかからず「なぜ、開戦を決断したのか?」。そのとき、思い至ったのが行動経済学における「プロスペクト理論」だった。

人間は、損失を被る場合にはリスク愛好的(追及的)な行動をとる

 本書のなかで、牧野氏はこんな事例を示している。

 2つの選択肢のうちどちらが望ましいか。

a 確実に3000円支払わなければならない。

b 8割の確率で4000円支払わなければならないが、2割の確率で1円も支払わなくてよい。

 (b)の損失の期待値はマイナス3200円(=マイナス4000×0.80×0.2円)で、(a)よりも損失が大きくなる。人が合理的に動けば、(a)を選ぶ。しかし、実験では(b)を選ぶ人が多い。つまり、「人間は、損失を被る場合にはリスク愛好的(追及的)な行動をとる」のだ。

 これを証明したのが「プロスペクト理論」で、人は財が増えるのと、減るのとでは、減る場合のほうに価値を置く。そのため、損失が出る場合は、その損失を小さくすることを望む。つまり、確率は低くても、損失が0円になる可能性がある(b)を人は魅力的に感じてしまうということだ。

 この(a)と(b)の状況は、昭和16年(1941年)に、日本が置かれた状況と同じだと、牧野氏は指摘する。

A)昭和168月以降はアメリカの資金凍結・石油禁輸措置により日本の国力は弱っており、開戦しない場合、23年後には、確実に「ジリ貧」になり、戦わずして屈服する。

B)国力の強大なアメリカを敵に回して戦うことは非常に高い確率で日本の致命的な敗北を招く(ドカ貧)。しかし非常に低い確率ではあるが、ドイツがソ連に短期で勝利し、英米間の海上輸送を寸断し、日本が東南アジアを占領して資源を獲得して国力を強化してイギリスが屈服すれば、アメリカの戦争準備は間に合わず、講和に応じるかもしれない。

「プロスペクト理論に基づけば、現状維持よりも開戦した方がまだわずかながら可能性があるということになるのです」

 牧野氏は「『開戦すれば高い確率で日本は敗北する』という指摘自体が、逆に『だからこそ低い確率に賭けてリスクを取っても開戦しなければならない』という意思決定の材料になってしまった」と指摘する。

 これが「なぜ正確な情報があったにもかかわらず、開戦にいたったのか?」という疑問に対する牧野氏の答えだ。

秋丸機関は第3の選択肢を出すことができた

 こうした状況は現代の政治や、ビジネスのなかでも起こりうる。上手に乗り切るために必要なことは何なのか。牧野氏はこう話す。

「視野狭窄に陥らないようにして、選択肢を広めに持つということが大事だと思います」

 そうすると、日米開戦時にこのような大局的な視点に立って物事を判断できる人材がいれば、日米開戦は回避できたのだろうか。牧野氏は、秋丸機関は第3の選択肢を出すことができる存在だったと考えている。

 満州時代に、後に首相となる岸信介、日産の創業者である鮎川義介などと対等に渡り合い、共に仕事をして「関東軍参謀に秋丸参謀あり」と謳われた秋丸主計中佐、そして東大教授の有沢広巳、慶應大教授で陸軍主計少尉でもあった武村忠雄など、優秀な人材が集結していた。

「もし、秋丸機関に『3年後でもアメリカと勝負できる国力と戦力を保持できるプラン』を出すように示唆する人物が陸軍にいれば、秋丸機関はそのプランを出すことができたと思います」

 開戦を回避していたら、その後の日本はどうなり、いま、どうなっていたのだろうか……とも、考えてしまうが、それは本書の主題ではない。

 現在まで、かつての日米(英)戦争は、非合理的な陸軍が無謀な戦争をはじめたという認識が一般化している(もちろん、帝国陸軍は様々な過ちを犯した)。ただ、「ストーリーとして分かりやすいから、戦後こうした考えが浸透したのだと思います」と、牧野氏が指摘するように「陸軍悪玉論」にしてしまうと、思考はそこでストップしてしまう。

 牧野氏は、本書の冒頭で政治学者・丸山眞男の言葉を引用している。

「陸軍や海軍というのは、もともと組織的に頭のいいのがいたというせいもあるけれど、よほど合理的だったのではないか」


 決して狂信的な人たちではなく、むしろ合理的な人たちが「正しい情報があったはずなのに、なぜこのような選択をしたのか?」。この問いは、現代にも通じるのである。

2018年9月20日木曜日

「日米分断」を工作する中国  9月19日(水)

ブログ中韓を知りすぎた男
http://kkmyo.blog70.fc2.com/
「日米分断」を工作する中国  9月19日(水)

中国人がいかに恐ろしい人間かということを世界中の人は知るべきです。

先月スイスのジュネーブで開かれた国連人種差別撤廃委員会では日本にお
けるヘイトスピーチ、韓国・朝鮮人、アイヌ民族、沖縄、難民、従軍慰安婦、
移民などについての人種差別について話し合っています。

日本におけるこれらの人種差別はすべて中国と韓国と在日朝鮮・韓国人
たちがでっち上げたに過ぎない。それより100万人以上のウイグル人が中国
で拘束されていることを国連はもっと調べるべきです。

自治区に住むウイグル人全体が、さまざまな形で自由を剥奪・制限され、
日常的に監視されています。中国政府は20万人の武装警官とプラス準国家
公務員のパトロール要員を大量に雇って、自治区の隅から隅まで監視の目を
光らせています。

米国の「ウイグル人権プロジェクト」のモーグレット氏は「100万人以上が
拘束され、拷問や虐待を受け、イスラム教を否定し、習近平国家主席や中国
共産党を称えるよう強要されている」と訴えています。

ウイグルでは「再教育」を名目に親子が引き離され、女性が強制労働に従事
させられています。ところが中国政府は完全な捏造だと否定しました。

トランプ大統領は中国に貿易戦争を宣戦布告したが、中国の人権侵害に対し
ても制裁を加えようと、その時期を戦略的に判断しようとしています。

中国の人種差別や人権侵害の残酷さは想像を絶する恐ろしさです。
以前米国の作家であるマイケル・ダナム氏の著書「中国はいかにチベットを
侵略したか」を読み中国人の人間離れした恐ろしさを知りました。

チベットでは多くの民衆が、手足を切断され、焼かれ死んでいくさまは、
それはさながらこの世の地獄だったとマイケル氏言っています。

チベットは長い間鎖国状態で、国際社会と関係を断っていた為に、中国の
侵略を世界は知らなかった。そこに目をつけた中国政府はチベットの植民地
化を進めるために大軍を投入しました。中国がチベットを侵略した時、彼らは
大量の近代兵器、底なしの人的資源を持ち込んだ。しかし平和な国チベット
には軍隊がなかった。だからチベットを支配することは赤子の手をひねるよ
り簡単なことだった。

アメリカもやっと中国の卑怯な仕打ちに気がついたがすでにキッシンジャー
が中国と手を結び、彼の意向でアメリカは手出しができなかった。

中国のチベット侵略とその植民地のやり方は想像を絶する凄まじさでした。
6千以上あった寺院をことごとく破壊し、焼き払い、文化的遺産である仏像、
美術工芸品、書物を抹殺し、仏教僧を血祭りにあげていった。そしてチベット
人を二等市民の地位のおとしめ、言葉を奪い、北京語を主人の言葉として
強制した。そしてうら若き尼僧を面白がって性的恥辱と拷問で多く殺してし
まった。まさに世界が知らないうちにどさくさまぎれに、大虐殺と文化を抹殺
されてしまった。

誇張でもなんでもない現代チベットのおいて繰り広げられた事実です。
中国人は神の存在を信じないからこのような人間離れしたことができるのです。

このような殺人鬼が中国を支配していることを日本は絶対に忘れてはいけ
ない。しかし日本では中国の本性を知らない政治家に親中派がいかに多いこ
とか、もし日本が中国に支配されたら、ウイグルやチベットと同じ目に合うこと
を肝に命じて下さい。

最近、トランプ大統領が「私は真珠湾を忘れない」と安倍首相に不満を示した
事と、もう一つは日米両国は同盟国として対北問題で緊密に連絡し合うと約束
したにもかかわらず、安倍首相はトランプに連絡せずに「日朝接触」した。
ワシントン・ポスト紙はこの2つのニュースを伝えています。安倍首相はこの
2つのニュースを完全に否定しました。

それでは一体誰がこのフェイクニュースをワシントン・ポスト紙に流したのか、
これは明らかに日米分断を工作した中国の存在がありますが、影に日本外務
省が協力したと言われています。安倍首相は度々裏切る外務省を信じられな
くて最近外務省を外して官邸外交に切り替えています。その反発故の行為だ
と言われています。

裏切り行為は外務省だけではありません。日米が一致して反対した巨大経済
構想「一帯一路」に日本財界は協力すると宣言、世界各地のインフラ整備に
日中両国がともに参加するという動きをしています。
又、日本の財界は8月28日に電気自動車向け急速充電器を共同開発に北京
で覚書に調印しています。

まさに日本の財界は眼の前のもうけのために自分の首を絞めるロープまで
売っています。

これら財界の動きはトランプ政権の対中経済制裁とは逆行しています。日米
を離反させて日中友好を画策する財界は中国の恐ろしい正体を知らない
馬鹿者揃いです。

最近日米離反を画策するためにアメリカが戦後仕組んだ洗脳工作である
「ウオー・ギルト・インフォメーション・プログラム」について盛んに戦争への
罪悪感を植え付けたアメリカの洗脳工作を暴露する記事が出ていますが、
戦後すでに73年もたっています。今更アメリカの巧妙な手口を批判しても意味
がありません。日本は現実にたってこれからの未来を手に入れるためには
アメリカと行動をともにする以外に道はありません。

日中友好は地獄の入り口です。中国人を信用してはいけない。

200年前、かのナポレオン三世はこう言ったという、「中国を眠らせておくべし

目覚めた中国は世界を壊す」その警告が今や現実のものとなった。