2015年12月28日月曜日

「飽きもせず反復できる人間が大成する」というのは、昔からよく知られている。飽きっぽい人間は、よほどの才能がない限り大成できないというのも昔からよく知られている。

「飽きもせず同じことを繰り返す」というのは、悪用すれば洗脳の手段にもなるが、正しく使えば自らの目的を実現する大きな力になる。

だから成功している人ほど、目的を達成するために常軌を逸しているとまわりから思われるほど「反復」する。

アスリートは必要なワザや型を会得するまで、何百回どころか何千回に至るまで同じ動きを「反復」して、寸分も狂いもなく同じ動きができるように心がける。

イラストレーターや漫画家は、必要な絵が描けるまで、やはり何百回も何千回も同じデッサンを「反復」して書き続ける。それが苦痛だと思うようであれば、そもそもその業界に向いていない。

歌手や演奏者も、同じ曲を一万回でも二万回でも「反復」して磨きをかけていく。たった数分の歌を聴衆の前に見せるために、彼らは何千時間を練習に費やしているのである。

そうやって長い時間をかけて「反復」され、磨かれた曲が人々の琴線に触れると、今度はその曲が10年、20年に渡って同じ歌手によって歌い続けられることになる。

熟練のワザに触れると、人々が感銘を受けてそれが反復されるのを望むのである。

「同じことばかりできる」というのは大成する素質があるということである。それは大きな才能だ。

逆に「同じことばかりしている」と他人を嘲笑うような人は、何も成し遂げられない人でもある。真実が何も分かっておらず、何も実現できない人でもある。

鳥越俊太郎氏もダマされていた

先週26日(土曜日)、大阪朝日放送の番組「正義のミカタ」に出た。大阪のニュース情報番組だが、東京とは違って、自由な面白さがある。そこで、「日本経済の諸悪の根源はZ」というコーナーをやった。Zとは財務省である。

その中で筆者が強調したのは「借金1000兆円のウソ」である。借金が1000兆円もあるので、増税しないと財政破綻になるという、ほとんどのマスコミが信じている財務省の言い分が正しくないと指摘したのだ。

借金1000兆円、国民一人当たりに直すと800万円になる。みなさん、こんな借金を自分の子や孫に背負わせていいのか。借金を返すためには増税が必要だ。……こんなセリフは誰でも聞いたことがあるだろう。財務省が1980年代の頃から、繰り返してきたものだ。

テレビ番組は時間も少ないので、簡単に話した。「借金1000兆円というが、政府内にある資産を考慮すれば500兆円。政府の関係会社も考慮して連結してみると200兆円になる。これは先進国と比較してもたいした数字ではない」

これに対して、番組内で、ゲストの鳥越俊太郎さんから、「資産といっても処分できないものばかりでしょう」と反論があった。それに対して、多くの資産は金融資産なので換金できる、といった。

筆者がこう言うのを財務省も知っているので、財務省は多くのテレビ関係者に対して、「資産は売れないものばかり」というレクをしている。鳥越さんも直接レクされたかがどうかは定かでないが、財務省の反論を言ってきたのには笑ってしまった。

番組が昼にかかり15分くらいの休憩があった。そのとき、鳥越さんから、「金融資産とは何ですか」と筆者に聞いてきた。「政策投資銀行(旧日本開発銀行)やUR都市機構(旧住都公団)などの特殊法人、独立行政法人に対する貸付金、出資金です」と答えた。それに対して「それらを回収したらどうなるの」とさらに聞かれたので、「民営化か廃止すれば回収ということになるが、それらへの天下りができなくなる」と答えた。

このやりとりを聞いていた他の出演者は、CM中のほうがためになる話が多いといっていた。実際に、番組中で言うつもりだったが、時間の都合でカットせざるを得なくなった部分だ。

借金1000兆円。これは二つの観点から間違っている。

バランスシートの左側を見てみれば…

第一に、バランスシートの右側の負債しか言っていない。今から20年近く前に、財政投融資のALM(資産負債管理)を行うために、国のバランスシートを作る必要があった。当時、主計局から余計なことをするなと言われながらも、私は財政投融資が抱えていた巨額の金利リスクを解消するために、国のバランスシートを初めて作った。

財政が危ういという、当時の大蔵省の主張はウソだったことはすぐにわかった。ただし、現役の大蔵官僚であったので、対外的に言うことはなかった。

筆者の作った国のバランスシートは、大蔵省だからか「お蔵入り」になったが、世界の趨勢から、その5年くらい後から試案として、10年くらい後から正式版として、財務省も公表せざるを得なくなった。今年3月に、2013年度版国の財務書類が公表されている(http://www.mof.go.jp/budget/report/public_finance_fact_sheet/fy2013/national/hy2013_gassan.pdf)。

その2013年度末の国のバランスシートを見ると、資産は総計653兆円。そのうち、現預金19兆円、有価証券129兆円、貸付金138兆円、出資66兆円、計352兆円が比較的換金可能な金融資産である。そのほかに、有形固定資産178兆円、運用寄託金105兆円、その他18兆円。

負債は1143兆円。その内訳は、公債856兆円、政府短期証券102兆円、借入金28兆円、これらがいわゆる国の借金で計976兆円。運用寄託金の見合い負債である公的年金預り金112兆円、その他45兆円。ネット国債(負債の総額から資産を引いた額。つまり、1143兆円−653兆円)は490兆円を占める。

先進国と比較して、日本政府のバランスシートの特徴を言えば、政府資産が巨額なことだ。政府資産額としては世界一である。政府資産の中身についても、比較的換金可能な金融資産の割合がきわめて大きいのが特徴的だ。

なお、貸付金や出資金の明細は、国の財務書類に詳しく記されているが、そこが各省の天下り先になっている。実は、財務省所管の貸付先は他省庁に比べて突出して多い。このため、財務省は各省庁の所管法人にも天下れるので、天下りの範囲は他省庁より広い。要するに、「カネを付けるから天下りもよろしく」ということだ。

財政再建は、実は完了している?

第二の問題点は、政府内の子会社を連結していないことだ。筆者がバランスシートを作成した当時から、単体ベースと連結ベースのものを作っていた。現在も、2013年度版連結財務書類として公表されている(http://www.mof.go.jp/budget/report/public_finance_fact_sheet/fy2013/national/hy2013_renketsu.pdf)。

それを見ると、ネット国債は451兆円となっている。単体ベースの490兆円よりは少なくなっている。

ただし、この連結ベースには大きな欠陥がある。日銀が含まれていないのだ。日銀への出資比率は5割を超え、様々な監督権限もあるので、まぎれもなく、日銀は政府の子会社である。

経済学でも、日銀と政府は「広い意味の政府」とまとめて一体のものとして分析している。これを統合政府というが、会計的な観点から言えば、日銀を連結対象としない理由はない。筆者は、日銀を連結対象から除いた理由は知らないが、連結対象として含めた場合のバランスシート作ることはできる。

2013年度末の日銀のバランスシートを見ると、資産は総計241兆円、そのうち国債が198兆円である。負債も241兆円で、そのうち発行銀行券87兆円、当座預金129兆円である。

そこで、日銀も含めた連結ベースでは、ネット国債は253兆円である(2014.3.31末)。

直近ではどうなるだろうか。直近の日銀の営業毎旬報告(https://www.boj.or.jp/statistics/boj/other/acmai/release/2015/ac151220.htm/)を見ると、資産として国債328兆円、負債として日銀券96兆円、当座預金248兆円となっている。

直近の政府のバランスシートがわからないので、正確にはいえないが、あえて概数でいえば、日銀も含めた連結ベースのネット国債は150〜200兆円程度であろう。そのまま行くと、近い将来には、ネット国債はゼロに近くなるだろう。それに加えて、市中の国債は少なく、資産の裏付けのあるものばかりになるので、ある意味で財政再建が完了したともいえるのだ。

ここで、「日銀券や当座預金も債務だ」という反論が出てくる。これはもちろん債務であるが、国債と違って無利子である。しかも償還期限もない。この点は国債と違って、広い意味の政府の負担を考える際に重要である。(後略)

無題

テストです

2015年12月21日月曜日

グレゴリオ暦と一致か 下呂市の金山巨石群

「ねずさんのひとりごと」より

http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-2865.html

グレゴリオ暦と一致か 下呂市の金山巨石群

岐阜新聞 2015年12月12日 09:29

http://www.gifu-np.co.jp/news/kennai/20151212/201512120929_26303.shtml

岐阜県下呂市金山町岩瀬の県指定史跡で、縄文時代の天文台とみられている「金山巨石群」を調査している金山巨石群調査資料室は11日、現代と同じ太陽暦の「グレゴリオ暦」に基づいた観測ができる可能性が極めて高い、との調査結果を発表した。

 

金山巨石群は推定4500年以上前に造られたとされる。

高さ9~10メートルの岩が折り重なり、岩と岩の隙間から差し込む太陽光の位置や大きさなどから暦を読み取ったとされる。

同資料室によると、巨石群にある3カ所の遺跡のうち、岩屋岩蔭遺跡巨石群内部の特定の石の端に、4年周期で10月15日に長さ約10センチの光が当たることを観測。

さらに国立天文台が示す太陽高度のデータと照らし合わせた結果、128年周期で10月15日に観測できるはずの光が差し込まず、平年は光が当たらない2月26日に光が観測されることが分かった。

そのため縄文人は光の変化によって4年周期の閏(うるう)年、128年周期で訪れる約1日分の暦のずれを知っていたと考えられるという。

資料室代表の小林由来さん(67)=同市金山町金山=は、

「16世紀に欧州で導入された暦が、そのはるか昔の日本で観測・解明されていたとすれば驚くべきこと」と話している。

巨石群内からは差し込む光の形と同じ形状に加工された石、石棒なども見つかっている。

 

小林さんは「稲作をしていない縄文人がなぜここまで正確な暦を知ろうとしたのかは分からないが、変化の少ない時代背景が長期間の観測を可能にしたのではないか」と推察する。

【グレゴリオ暦】

現行の太陽暦として世界各国で用いられている暦法。1年の長さは365日と5時間48分46秒のため、4年に1度閏(うるう)年を加えていくと、128年周期で約1日分のずれが生じる。

そのため、グレゴリオ暦では400年の間に3回閏年を外すことで、時間のずれを修正している。

********

すごい発見として報道されました。

けれど実は地元では、すでに古くから「ここは天体観測所」であったのだという言い伝えがあったのです。

「なぜなら、ここはかくかくしかじかで、このように使われていたのだから」とも言われていたのです。

そして実際、差し込む光の形と同じ形状に加工された石や石棒まで出土していたのです。

ですから、観測のために用いたというのは、間違いのないことであったろうし、外国からも研究者の方がやってきたりもしていました。

つまり、日本国内よりも海外でのほうが有名なほどであったのです。

それが国内では、いまになってようやく、地方紙の片隅で報道され、それがネット上でも報道されたということです。

4500年前といえば、山形県舟形町の西ノ前遺跡で発見された、高さ45cmの「縄文の女神像」よりも、200年位あとの時代です。

日本では、11万年前には石器が使われ、3万年前には加工した磨製石器(世界最古)が使われ、1万6500年前には世界最古の土器がつくられ、1万3000年前には、人の形をした土偶がつくられ、1万2500年前には、漆が栽培され、使われています。

気温からすれば、西日本が熱帯だった時期が終わり、急速に寒冷化が進んだ時代でもあります。

わずか1500年の間に、年間平均気温が4度も下がり、止まない大雨が降り続いた時期でもあります。

ノアの方舟伝説が生まれたのも、ちょうどこの頃と言われています。

急速な気象変動は、植物体系を大きく変えます。

自生する植物が熱帯性から寒帯性に変わるのです。

食べ物も変わらざるをえない。

なぜこのような変化が起きるのか、先々がどのようになるのか。

そのために陰暦だけでなく太陽暦も併用するなどして、生き残りのために必死になっていろいろな物事の研究すすめるのは、当時の政治にとって大きな役割であったろうと思います。

それにしても、これだけの巨石です。

しかも「128年周期で訪れる約1日分の暦のずれ」の確認ができるように工夫が凝らされているわけです。

いったいどうやって加工したのか。

そもそもこのように大きな巨石を、どこから運んできたのか。

どうやって配置したのか。

これだけの微細な精度を、どうやって確保したのか。

興味は尽きません。

そもそも日本は地震大国なのです。

巨石を配置し、積み上げ、削り、地震があっても観測精度が落ちないようにしてあるわけです。

ものすごい技術力だと思います。

謎は深まるばかりです。

さらにこの巨石群には、さまざまな彫り物があります。

それは天体観測のための印であったり、あるいは曲線を多用した不思議なカタチをしたりもしています。

かなり風化が進んでいますが、それでもある程度は肉眼でも確認できるものです。

それらは実は模様ではなくて、神代文字かもしれません。

そもそもこの岐阜県の飛騨の高山から下呂に至るあたりは、古代において、日本列島の西日本が熱帯であった頃、日本の中心地であったという説があります。

ここから天の鳥船が世界に向けて飛び立っていたという伝説も残されているくらいです。

地球全体の気温が高かった頃、北極と南極の氷が溶け、海水面がいまより5〜6メートル高かったのです。

西日本は熱帯で暑すぎるし、ですから飛騨の高山のような高地が、人類の生存にはもっとも適した安定した気候の土地だっったというのです。

これは地球の長気温変化云々が判明するよりもずっと古い時代からの言い伝えです。

そもそも古事記を諳んじた稗田阿礼(ひえだのあれ)の稗田は、もともとが「ひだ(飛騨)」という姓であったという説もあるくらいです。

つまり、飛騨が日本の中心地で、日本の統治者(うわかたさま(上方様))が飛騨におわした、という伝承があるわけで、そうであれば、この地に高度に発達した天体観測所があったとしても、不思議はないのかもしれません。

もし、この報道が、欧米や支那朝鮮のものであれば、おそらくニュースは世界中に波紋を投げかけることでしょう。

「考古学上の貴重な発見」としてきっと大々的に報道されていることと思います。

ところが日本では、ほとんど報道さえされません。

そういう控えめな姿勢が日本人らしくて「良い」という意見もあろうかと思います。

私も、大騒ぎして自慢したり、胸を張ったりするようなことではないと思います。

けれど大切なことは、ひとつの発見から、次々といろいろなカタチでの検証作業が行われ、冷静にその謎を解明していくことではないかと思います。

そういう地道な努力こそが日本らしさといえるものです。

ただ、いまの日本の歴史学会や考古学界は、日本文明はなかった、日本は7世紀まで、いわゆる原始時代のような状態にあり、半島から文明が伝わってようやく文明開化したのだという「前提」から、すべての物事をみようとしています。

そういうことを世界では学問とは呼びません。

それは政治です。

残された遺跡から、謙虚に真実を探しだす努力こそが学問の名に値するものです。

そういう意味で、こうした遺跡群の真実が、これからもっと解明されていくことを願ってやみません。

 

2015年12月16日水曜日

写真:グレゴリオ暦と一致か 下呂市の金山巨石群

岐阜新聞wev

http://www.gifu-np.co.jp/news/kennai/20151212/201512120929_26303.shtml

写真:グレゴリオ暦と一致か 下呂市の金山巨石群

 

金山巨石群で暦の観測に使われていたと推測される石と石棒=岐阜県下呂市金山町大船渡、市金山振興事務所

 岐阜県下呂市金山町岩瀬の県指定史跡で、縄文時代の天文台とみられている「金山巨石群」を調査している金山巨石群調査資料室は11日、現代と同じ太陽暦の「グレゴリオ暦」に基づいた観測ができる可能性が極めて高い、との調査結果を発表した。

 金山巨石群は推定4500年以上前に造られたとされる。高さ9~10メートルの岩が折り重なり、岩と岩の隙間から差し込む太陽光の位置や大きさなどから暦を読み取ったとされる。

 同資料室によると、巨石群にある3カ所の遺跡のうち、岩屋岩蔭遺跡巨石群内部の特定の石の端に、4年周期で10月15日に長さ約10センチの光が当たることを観測。さらに、国立天文台が示す太陽高度のデータと照らし合わせた結果、128年周期で10月15日に観測できるはずの光が差し込まず、平年は光が当たらない2月26日に光が観測されることが分かった。

 そのため、縄文人は光の変化によって4年周期の閏(うるう)年、128年周期で訪れる約1日分の暦のずれを知っていたと考えられるという。資料室代表の小林由来さん(67)=同市金山町金山=は「16世紀に欧州で導入された暦がそのはるか昔の日本で観測、解明されていたとすれば驚くべきこと」と話している。

 巨石群内からは差し込む光の形と同じ形状に加工された石、石棒なども見つかっている。小林さんは「稲作をしていない縄文人がなぜここまで正確な暦を知ろうとしたのかは分からないが、変化の少ない時代背景が長期間の観測を可能にしたのではないか」と推察する。

【グレゴリオ暦】 現行の太陽暦として世界各国で用いられている暦法。1年の長さは365日と5時間48分46秒のため、4年に1度閏(うるう)年を加えていくと、128年周期で約1日分のずれが生じる。そのため、グレゴリオ暦では400年の間に3回閏年を外すことで、時間のずれを修正している。

2015年12月15日火曜日

鎮魂法の驚くべき効果

「きのせみかの大和撫子な生活」より

http://kinosemika.blog134.fc2.com/

鎮魂法の驚くべき効果

 

 日本にいると感じにくいかもしれませんが、人種差別は世界中でいまだに深刻。文化や歴史とのつながりもあるだけに解決が難しい問題ですが、いま、ある意外な方法が注目されています。

 それは「瞑想」。仏教の「慈愛」についての瞑想が、人種差別の意識を低下させる効果があるのだそうです。最新の研究からわかった意外な事実をご紹介します。

■仏教の「慈愛」の精神が人種差別をなくす

 たった7分間の瞑想で、人種差別がなくなることが最新の研究で判明しました。専門家によると、仏教的な瞑想は思いやりの気持ちを高め、人種に対する差別や偏見の気持ちを鎮める作用があるのだとか。

 イギリスのサセックス大学で行われた実験から、仏教の「慈愛」の精神が、自己や他者への肯定的な気持ちを高めることがわかったのです。

■瞑想はリラックスするためのものではない

 実験は、71人の成人した白人の男女を対象に行われました。参加者を2つのグループに分け、1人1人に自分と同性の黒人の写真を1枚ずつ配ります。

 1つのグループでは瞑想について説明する音声が流されました。目をつむり、特定の人のことを考えて、心のなかで「あなたが幸せで健康でありますように」と唱えるというものです。

 もう1つのグループでは、写真の顔をよく観察して特長を探すように指示されました。どちらも与えられた時間は7分間です。

 その後、参加者は白人と黒人の人物の写真に、「幸せ」などのポジティブな言葉や「悪い」などのネガティブな言葉をそれぞれあてはめるように指示されました。すると、写真を見ながら瞑想したグループのほうが、明らかに人種差別の度合いが低かったのです。

 調査を行った専門家は、瞑想はただ自分がリラックスするためだけに行うのではないと語っています。

 人間には本来、自分の人種のほうが好ましいと感じてしまう性質があります。これが「慈愛」の精神によって変えられるのではないかと期待されているのです。瞑想は今後、さまざまな人種の人が共生する社会で、必要不可欠になる可能性すらあるのです。

 瞑想が現代社会に生かされて、幸せに生きられる人が増えるといいですね。

たった7分で人種差別がなくなる?瞑想の驚くべき効果が明らかに(ネタりか)

http://netallica.yahoo.co.jp/news/20151206-18333840-suzie

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 日本の古神道にも「鎮魂(みたましずめ)」という神法道術が存在しますが、上記の「瞑想」はその一端を演じたものでしょう。

 『令義解』(833年に淳和天皇の命によって編纂された書物)に鎮魂の義を説いて、「謂はく、鎮めとは安んずるなり。人の陽気を魂と曰ふ。魂は運なり。離遊の運魂を招きて身体の中府に鎮む。故に鎮魂と曰ふ」とありますが、鎮魂法を修することにより、慈愛の精神を呼び覚ますだけでなく、魂魄の清浄を保ち、心身共に健康で気力がみなぎった強運の人となり、終には神仙の道を得るに至るとされています。

 神典には、物部氏の祖神・饒速日尊が皇祖天神より天璽十種(あまつみしるしとくさ)の瑞宝(みづだから)と共に鎮魂法を授かり、常にこの法を修せられて長生久視の道を得給い、永く地界に留まって皇業輔翼の大任を全うされ、終には仙去されたことが伝えられています。

ジョン・レノンのイマジンと日本

「ねずさんの独り言」より

http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-1936.html

ジョン・レノンのイマジン(Imagine / John lennon)という曲をご存知でしょうか。

世界的大ヒットを記録した曲です。

もし、知らないという方がおいででしたら、下に動画を貼っておきますので、是非お聴きになってみてください。

とても良い曲です。

この曲を歌ったジョン・レノンは、英国のビートルズのメンバーで、ボーカル・ギターを担当した人です。

彼は、日本人のオノ・ヨーコと結婚しました。

それでお名前をジョン・ウィンストン・小野・レノンと改名しています。

自分の名前に「小野」と入れたわけです。

それだけ日本びいきの人でした。

日本には、非公式によく来日しました。

そしてオノ・ヨーコの親戚らと食事をしに行ったり、神社めぐりなどをして、日本の文化にたいへんよく親しみました。

下の写真は、ジョン・レノンがオノ・ヨーコさんと一緒に、靖国神社を参拝したときのものです。

 

その彼が、日本という文化に触れ、日本の神道を知ったとき、その衝撃から書いた曲が、実は「イマジン(Imagine)」です。

 

 

「イマジン(Imagine)」は古い曲ですが、あらためて歌詞の日本語訳を読んでみると、若い頃には気付かなかった、そこに明快なメッセージがあります。

なんと日本神道の思考、日本人的思考が、その歌詞の根幹になっているのです。

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イマジン(Imagine)

Imagine there's no Heaven

(想像してごらん 天国なんてないよ)

It's easy if you try

(簡単だよ。やってごらんよ)

No Hell below us

(地面の下に地獄なんてないよ)

Above us only sky

(ボクたちの上には、ただ空があるだけさ)

Imagine all the people

(みんなもさ、想像してごらんよ)

Living for today...

(ただ今を生きているんだって..)

Imagine there's no countries

(想像してごらん 国なんてないって)

It isn't hard to do

(そんなに難しいことじゃないよ)

Nothing to kill or die for

(殺す理由も、死ぬ理由もない)

And no religion too

(そして宗教もない)

Imagine all the people

(みんなもさ、想像してごらんよ)

Living life in peace

(ただ平和に生きているって...)

You may say I'm a dreamer

(ボクのことを夢想家って思うかな)

But I'm not the only one

(でもボクは一人じゃない)

I hope someday you'll join us

(君だっていつかみんなと仲間になって)

And the world will be as one

(きっと世界はひとつになるんだ)

Imagine no possessions

(想像してごらん 何も所有しないって)

I wonder if you can

(君ならきっと出来るよ)

No need for greed or hunger

(欲張ったり飢えることもない)

A brotherhood of man

(人はみんな兄弟なんだって)

Imagine all the people

(想像してごらんよ みんなが)

Sharing all the world

(世界を分かち合うんだって...)

You may say I'm a dreamer

(ボクのことを夢想家って思うかな)

But I'm not the only one

(でもボクは一人じゃない)

I hope someday you'll join us

(君だっていつかみんなと仲間になって)

And the world will be as one

(きっと世界はひとつになるんだ)

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夏目漱石は、小説「草枕」の中で次の名分を残しました。

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人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。

矢張り向う三軒両隣りにちらちらする唯の人である。

唯の人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。

あれば人でなしの国へ行くばかりだ。

人でなしの国は人の世よりも猶住みにくかろう。

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天国も地獄もない。

あるのは、いまを生きている私たちだけ。

思想や哲学や宗教が大事なんじゃなくて人が大事。

偉い人が金持ちというのではなくて、みんなが豊かに暮らすことが大事。

誰かひとりが欲張るんじゃなくて、みんなが分かち合える社会。

みんなが兄弟となれる社会。

イマジンが歌っている歌詞は、そんな社会を夢想しています。

そして、このいずれもが、西欧社会には、なかったものです。

ご存知の通り、西欧社会の根底をなすのは、キリスト教哲学です。

そこには人の世の他に、天国と地獄の存在が明確にうたわれ、

宗教や哲学、思想のために多くの人が殺されました。

そして富は権力者が独占し、民衆は貧しいままに据え置かれる。

そういう現実を前に、日本を知ったジョンレノンは、衝撃を受けるわけです。

宗教や思想にかぶれるのではなく、人々が協力しあうことをたいせつにする社会。

思想のために人を殺す社会じゃなくて、なにより人をたいせつにする社会。

欲張りのお金持ちがすべてを牛じるのではなくて、老いも若きも金持ちも貧乏人も、みんなが協力しあうことで、なによりも、みんなが食べていくことを大切にする社会。

それがかつての日本社会の姿です。

昨今の日本は、西欧文化の影響を受けて、だいぶ、こうした姿が崩れました。

けれど、江戸時代の日本は、まさに、こういう姿そのものでした。

宗教についていえば、日本でも浄土宗のように、極楽や地獄をうたっている宗派もあるじゃないかという人がいるかもしれません。

けれどそれは、そういう場所が死後の世界にある、というくらいのものであって、そこが本来の住みかであるとまでは説きません。

このあたり、西洋の中世にあった宗教観は、かなり徹底したものです。

そこを理解しないと、ちょっと間違えやすい。

たとえば、肉体というものは、様々な欲望(性欲や食欲、排泄欲)などを持っていて穢れたものだから、そんな穢れた肉体を洗ったりしたらいけない。だからたとえばスペインのイザベラ女王は、生涯に三度しか入浴しなかったことが、信仰の証として自慢でした。

すくなくとも日本では、極楽にいるのが自分の本来の姿だから、風呂には一切入りませんなどという人は、修行僧の中にもいません。

そんなことをするのは、最近のホームレスくらいなものです。

なぜなら昔、ホームレスが乞食と呼ばれた時代は、全国どこの川でも入って行水できたからです。

日本の乞食が臭くなったのは、戦後、川が汚れて泳げなくなってからのことです。

支配層よりも、被支配層の方が豊かだったというのも、日本社会の特徴です。

早い話が、歌舞伎の舞台は、世界で一番豪華絢爛だと言われますが、その歌舞伎は、町人文化です。

おもしろいことに、そこで描かれている演題の多くも、町人たちです。

これに対し、西欧の演劇や支那の京劇などは、すべて王侯貴族のための文化です。

従って、描かれている演題も、ことごとく貴族が題材になっています。

中世までの西欧文化で、庶民が題材になったものは、ほとんどありません。

江戸日本にも、身分制はありました。

士農工商です。

その下に、穢多、非人というものもありました。

ただし、間違っていは行けないのは、まず第一に「士農工商」という名前は、支那からの輸入語だということです。

秩序保持のために便利だから使っていただけで、日本における「士農工商」は、支那の身分制度や、カーストのような固定的身分制度とはまるで異なります。

そもそも武家で家督を相続するのは、その時点で生き残った長子ひとりだけです。

武家は、後継ぎがいないと、家が断絶しますから、子はたくさんつくります。

けれど、兄弟のなかでひとりの相続人が決まれば、のこりは、家から出なければなりません。

では、家督を継がない次男坊、三男坊などがどうしたかというと、所領に帰って庄屋さんから土地を借りて、そこで百姓するケースがほとんどでした。

特別剣術ができるとか、学問ができれば、町道場主や私塾の先生になるケースもありましたが、そんなことができるのは、ごく一部です。

あとはみんな百姓になった。

こうなるとおもしろいことがおこります。

武家は、領地を支配する人、庄屋さんは、その領主に年貢を納める人、つまり、武家と庄屋さんは支配階級と、被支配階級の関係にありますが、ところが、その庄屋さんが使っているお百姓さんたちは、武家の息子さんたちなのです。

極端な言い方をすれば、被支配層が、支配者の王子たちを人質にとっているわけです。

そして、領主様が早世すると、庄屋さんのもとにいる王子様が、領主になることだってあるのです。

はたしてこういう関係の中で、領主様は庄屋さんやお百姓さんたちに、支配者だからと酷い仕打ちができるでしょうか。

庄屋さんは、預かっている王子様をいじめれるでしょうか。

このような不思議な統治形態があるのは、世界中さがしても、日本くらいなものです。

また、身分も固定されていたわけではありません。

有名な勝海舟にしても、坂本龍馬にしても、勝家はもともと盲人の按摩(あんま)師でしたし、坂本家は商人です。ともに武家の株を買って士分になっています。

近藤勇、土方歳三、沖田総司などは、お百姓さんの家柄ですが、堂々と二本差しです。

そして江戸社会における士農工商は、それ自体が、貧乏の順番です。

さかさまにすると、お金持ちの順番になります。

商人=お金持ち

工人=宵こしの銭を持たなくても大丈夫なくらい稼ぎがある人たち

農民=お金はないが、食べ物はいっぱい持っている人たち。

武士=借金まみれ

です。

ここまで書いたので、穢多(えた)、非人(ひにん)についても触れておきます。

穢多というのは、穢れが多い人と書きますが、もともとは、中央を追われた物部氏の子孫だといわれています。

平家の落人のようになって、全国の山中などに隠れ住んだのですが、そのために物部(もののべ)がなまって、物の怪(もののけ)になったのだそうで、縄文以来の日本の伝統的食生活を維持したが故に、仏教に染まって生き物を食べることを穢れた行為と考える人たちによって、穢多と呼ばれるようになったという説もあります。(渡来人説その他多数あり)。

彼らは江戸時代には、主にいまでいったら保健所の仕事となっている野良犬狩りや、墓掘り人夫などをしていました。

ところがこれが実は、特権階級になっていたのです。

たとえば墓堀りは、穢多にしか認められていない行為でした。

ところが、どんなお金持ちでも、高位高官でも、いつかは必ず死にます。

死ねば埋葬が必要で、そうなると、制度上、どうしても穢多のお世話にならなくちゃいけない。

このとき料金は言い値です。

相場はありましたが、特に生前、穢多の人々をいじめたとか、いろいろ悶着があったりすると、これをなだめるため、相当高額な謝礼を包まなきゃいけない場合もあったようです。

要するにへそを曲げられたら、アウトというわけです。

人は、必ず死ぬわけで、ですから絶対に職にあぶれることもなく、しかもその仕事は幕府によって独占権を与えられていて、代金は言い値でつけることができたわけです。

ですから彼らは、豪商以上にお金持ちでした。

ただし、制度上、贅沢な家を建てたり、贅沢な衣装を着たりすることは禁じられていました。

ですから、家屋も着ているものもみすぼらしいし、いろいろなしきたりには縛られていたけれど、経済的には、たいへん豊かだったわけです。

穢多の人々が、同和問題などの社会問題になったのは、明治になってからのことです。

なぜなったのかといえば、明治新政府が士農工商の身分制度を取りやめにしたからです。

動物の処分業も、墓掘り人夫も、占有権をとっぱらって、身分の制限なく、誰でもできるようにしてしまったわけです。

このために、穢多の人々は、大事な稼ぎの手段を失ってしまいました。

だから行政によって別な方法で保護せよとずっと訴え続けて、現在に至っているわけです。

非人は、すこし違っていて、これは重大犯罪を犯して、おでこ(=)額に「悪」と入れ墨を施されたような人たちです。

伝馬町の牢屋の中でも、さらに悪質な重大犯たちで、この人たちは、「ひとでなし」の悪行をしてきた人たちなので、人でない人=非人と呼ばれました。

ただし、では実際に非人がどれだけいたかというと、たとえば江戸時代、享保年間の20年、伝馬町の牢屋に入った人自体がゼロです。誰もいない。

また、非人という身分に落ちるなら、まだ遠島か、死罪にしてもらいたいと考えるのが、普通で、奉行所も、非人処置をする(額に墨を入れる)ということは、江戸270年を通じて例がありません。

要は、そうするぞ、という脅しでしかなかったわけだし、そういう罰があるぞ、というだけで、江戸の庶民は、悪いことをしなかった・・・それだけ民度が高かったわけです。

話が脱線しましたが、士農工商は、身分制度ではあっても、カースト制のような熾烈なものではなく、きわめてゆるやかなものであったということ、また士農工商の身分は、そのまま貧乏順でもあったことなどをご理解いただければと思います。

そして日本でも、一部仏教などでは、欣求浄土など、天国を希求する宗派もありますが、基本的に日本人の思考は、多神教そのものです。

つまり「イワシの頭も信心から」です。

これが何を意味しているかと言うと、またこんど詳しく書きますが、要は、日本は多神教の国である、ということです。

実は、これはすごいことで、世界中、大昔の宗教は、全部、多神教です。

ギリシャのアポロンの神々、ヒンズーの神々、ケルトの神々、全部、神様はひとりじゃなくて、たくさんおいでになります。

ところが、一神教があらわれて、こうした多数の神々は邪神とされてしまいました。

その結果、いま、世界の先進国の中で、多神教となっている国は、なんと日本だけなのです。

多神教と一神教は、何が違うかといえば、多神教は、異なる神を認める。つまり多様な価値観を容認するということです。

これに対し一神教は、ひとつの価値観しか認めない。

この「認めない」というのは徹底していて、ですから西洋では、キリスト教の信者以外は、かつては人間とさえ認められませんでした。

これに対し日本は、仏教の仏様も、キリスト教のイエス様も、イスラムのアラーの神も、神道の神々も、みんなありです。

神様は、その神様毎に、さまざまな価値観をもっているわけで、ですから日本は、多様な価値観を、まるごと容認できる国になっています。

世界の宗教対立が、戦争の引き金にさえなる世界の中にあって、これから先、日本のもつこうした多様な価値観を包含できる多神教的姿勢というのは、世界を変えうる大きな力となるのではないかと思えます。

最近の日本は、こうした権力と経済力の切り離しや、多神教的な考え方がくずれてきたともいわれます。

けれど実際には、それは一部のマスコミに巣食う在日朝鮮人が、朝鮮人マインドを、メディアでゴリ押ししているだけにすぎません。

多くの日本人は、お金も大事だけれど、それ以上に、心を大切に思っています。

以前の記事の「征服の日本的意味」に書きましたが、世界中が都市国家どうしの戦乱に明け暮れた時代に、みんなが食えるようにと、村々で力を合わせて土木工事を行い、新田を切り拓いてきたのが日本人です。

下の写真は、近所の農地を撮った写真です。

周囲に雑木林があり、写真の中央には、見事な田んぼが、そして中央に水路が築かれています。

平野といっても、この写真の雑木林のところをみれば、すこし地面がこんもりと盛り上がっているのが見て取れようかと思います。

一方、水田は、水を引きますから、真っ平らでなければなりません。

かつて、雑木林だったこの土地に、これだけの田んぼを切り拓くためには、木を伐り、でこぼこの土地を平に慣らし、水路をひき、灌漑できるように、水門などの施設をつくらなきゃならなかったのです。

そしてそれだけの事業を、みんなで力を合わせてすることで、そこが青々とした広大な水田となり、みんなが(よそから奪ったり、殺し合ったりしなくても)腹一杯、飯が食えるようになったのです。

古代大和朝廷は、国内121カ国、朝鮮半島95カ国を征圧したと、支那の史書に記されていますが、要するに支那人マインドでは、それは「征服」にしかみえない。

実際には、みんなで力を合わせて公共工事をしてきたというのが、日本の歴史です。

もっといえば、武士も、もともとは古代律令体制の外に新田を切り拓いた開拓民たちです。

憲法九条のために日本があるわけではありません。

平和憲法のために日本があるわけでもない。

日本は、日本人のためにあります。

神々の存在を、私は信じたいと思います。

けれど、これだけはいえるけれど、まっとうな神々なら、人が人を殺しあったり、残酷なことをしたり、弱い者いじめをしたり、金にものをいわせて、人を嵌めたり、そういう世界は、絶対に希望していないと思うのです。

なぜ人が人を殺しあうのか。

すくなくとも、戦争や略奪ということを前提にしたとき、その理由は、飢えと思想と宗教の3つに集約されます。

であれば、飢えをなくし、ひとつの思想や宗教にこだわるのではなく、多様な価値観を吸収しながら、みんなで協力しあってみんなが食える社会を築いてきた日本の歴史こそ、これからの世界にもっとも必要かつ大切な構造といえるのではないかと思うのです。